冷酷死霊術師とわがまま女神のリスタート 〜殺し合いの因縁を超えた先の、あまりにも短い幸福〜   作:えびふぉねら

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137話 神喰らいの罠

「気持ち悪い……気持ち悪い……ぐちゃぐちゃに……ぐちゃぐちゃにして……や……」

 

 暴食の女神グレナシアの身体が、青白い光の中で不気味に歪み始めた。

 

 可憐だった声は割れたように掠れ、何重もの声が折り重なるように響く。

 皮膚が波打ち、膨れ上がり、隙間から燻った黒炎が断続的に吹き出す。

 

 ――まるで内部から何か巨大なものが生まれようとしているように見えた。

 

「離れろ!」

 

 シードは即座に異様な気配を感じ取り、手を握っていたラナスオルを反射的に突き飛ばした。

 

「シー……ド……?」

 

 宙を舞うラナスオルの瞳は、シードの背後の不気味な影を映し込んでいた。

 

 ――その刹那、グレナシアの細い体躯が縦に裂け、赤黒い血と炎の渦を撒き散らしながら、中から異形の巨影が姿を現す。

 

 ゴシャァァァッ――

 

 ごつごつと分厚い、漆黒の鱗に覆われた皮膚。

 太い四肢は黒曜の如く鋭い爪を備え、長大な尾が地を抉るように叩き下ろされる。

 

 鰐のように裂けた口腔には無数の牙が並び、瞳は狂気に濁った紅蓮の輝きを放っていた。

 

 それは神喰らいの神――グレナシアの真の姿。

 

「シード!!!」

 

 ラナスオルの悲痛な叫びが響く間もなく、巨大な顎が獲物を狩るように素早くシードへと襲いかかった。

 

「あっはは! あっはは! 捕まえた!!」

 

 不気味な男のような低い笑い声が空間にこだました。

 

 その顎がシードの身体をがっちりと捕らえ、牙が肉に深々と喰い込んだ。

 

「……っ……く……」

 

 脊髄を駆け上がるような烈しい激痛が襲い、彼の視界が揺らぐ。

 

「無ですら滅ぼせない? ならば喰らえばいい。貴様の肉も魂も、余の一部となるのだ!」

 

 グレナシアの牙は、ただの獣のそれではなかった。

 喰らいついた獲物から魔力も魂も吸収し、神性すらも奪い去る捕食の牙。

 

 シードは自分の中から力が漏出するのを感じた。

 彼の体内を巡る魔力の回路が焼き切れるように痛み、抵抗するための術すら紡ぐことができない。

 

 このまま呑み込まれれば暴食の女神と一体化し、永遠に彼女の一部となる。

 

 死よりも恐ろしい、完全なる捕食。

 

 神界の神々を喰らい尽くし、次の捕食対象としてグレナシアが選んだのがラナスの二神――シードとラナスオルだったのだ。

 

「……ラナスオル……逃げろ……」

 

 シードの掠れた声にはほとんど力がなかった。

 血に濡れた睫毛の隙間から、生気を失った銀色の瞳がかろうじて彼女の姿を捉えていた。

 

 だが、ラナスオルは逃げなかった。

 巨獣を前にして臆することなく拳を握り締める。

 

「放せ! この化け物が!!」

 

 彼女の右手――破壊の力を宿したセヴァストが、凄まじい輝きを放つ。

 紫色の瞳が怒りに染まり、力が集束する。

 

 そして――彼女はためらいなくその拳を振り下ろした。

 神をも滅する破壊の力が、容赦なく巨獣へと叩き込まれる。

 

 しかし――

 

「ぐっ……あぁっ!」

 

 シードの呻き声とともに、骨を砕く鈍い音が響き渡った。

 

「え……っ……!?」

 

 ラナスオルの瞳が驚愕に見開かれた

 衝撃を受けたのは、シードの身体だった。

 

 グレナシアが顎を動かし、彼の身体を盾のように捻じ込んでいたのだ。

  

 拳が直撃したシードの胸部が抉れ、砕かれた肋骨が皮膚を突き破る。

 口から鮮血が迸り、血の匂いが辺りに広がった。

 

「やれやれ。そんな攻撃を続けるなら、貴様の愛する男はバラバラになるぞ?」

 

 獰猛な嗤いを浮かべながら、グレナシアは牙をさらに深く沈めた。

 赤黒い血が顎の隙間から滴り落ちる。

 

「……ぁ……」

 

 血の滲む唇を微かに動かし、彼はラナスオルの名を呼ぼうとした。

 しかし、声にならない。内臓に受けた衝撃の余韻でまともに息すらできなかった。

 喉の奥からは、血泡がじわりと零れ落ちるだけだった。

 

「シードっ……ううっ……!」

 

 愛する者を守るために振るった拳がその身を砕いてしまった事実に、彼女は震えながら立ち尽くす。

 

 怒りに燃えていたはずの瞳が絶望に揺らぎ、握り締めた拳が緩んでいく。

 

「どうすれば……どうすればいいんだ……!」

 

 ラナスオルは恐怖で凍りつき、動くことができなかった。

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