冷酷死霊術師とわがまま女神のリスタート 〜殺し合いの因縁を超えた先の、あまりにも短い幸福〜   作:えびふぉねら

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※1万PVありがとうございます。いつも見てくれる皆さまに感謝いたします。
物語は終盤に差し掛かっております、どうぞ最後までよろしくお願いします。


139話 死闘

 シードの掠れた声が、ラナスオルの耳に届いた。

 

「気づかなくて……すまない……僕は……あなたを……」

 

 最後の力を振り絞るように、息も絶え絶えに紡がれた懺悔の言葉。

 

 彼が背負い続けた罪、己を遠ざけ続けた愚かさ。それでも彼女を愛していたという、あまりにも遅すぎた想いが込められていた。

 

 その声が途切れるたび、ラナスオルの胸は締め付けられるような痛みに襲われた。

 

(彼は今、この瞬間までもたった独りで苦しんでいた……)

 

 それをどうすることもできなかった自分への悔しさが、彼女の喉を詰まらせた。

 

 捕えられたシードの銀色の瞳が光を失い始める。

 神喰らいの神グレナシアの牙がその体内から魔力を啜り上げ、生きる希望を奪い取り、魂までも引き剝がしていく。

 

 彼は自らの存在が薄れ、曖昧になっていくのを感じた。

 肉体が喰われることの苦痛以上に、魂が抜け落ちていく感覚が身体を支配していく。

 

「……これで……いい……」

 

 静かに目を閉じた。グレナシアの体内で魔力と魂が溶け、彼女と混ざり始めていた。

 不思議と、それは心地良いとさえ感じた。

 かつて、自ら終わりを望んだ時の感覚に似ていたのだ。

 

(僕がいなければ、彼女も……そしてあの命も……きっと、平穏に……)

 

 自分がいなくなれば、ラナスオルは死と恐怖の神の影で苦悩することなく、神としての務めを果たし、ラナスに安息を取り戻すだろう。

 そしてまだ生まれてもいない子供が、忌まわしき父を持つ必要はなくなる。

 

 自分がいなくなれば――。

 

(それが……一番いい……)

 

 彼の罪はあまりにも重すぎた。

 

 これまで幾千もの命を踏みにじり、幾万の死者を弄び、幾億もの嘆きを生み出した。

 死霊術師として禁忌の力を振るい、異形の力に呑まれ、無辜の民をもその力で滅ぼした。

 

 自分のような存在が、家族を持つ資格などあるはずがない。

 

(僕は……このまま……)

 

 そんな考えが、遠のく意識の中をよぎる。

 

 だが、その時――

 

「諦めるな……!!」

 

 ラナスオルの力強い声が、闇に沈みかけたシードの意識を引き戻した。

 それは命を叫ぶような、魂の底からの訴えだった。

 

「君は神だろう……女神ラナスオルの夫は、こんなにも弱い男ではない!」

 

 絶望に呑まれようとしていた彼の手を必死に掴み取るように。

 その声が、薄れゆく彼の意識に微かな迷いを生む。

 

(夫……僕はあれ程あなたを傷つけ、遠ざけたというのに……まだそう呼ぶのか……)

 

「愛は無力だということを、いい加減思い知った方がいい」

 

 グレナシアが不快げに口元を歪めた。

 真紅の瞳が冷酷な光を放ち、シードをさらに深く呑み込もうとする。

 

「貴様ら夫婦は浅はかだな。愛などという虚しい感情に縛られたからこそ、こうして貴様の夫は喰われる羽目になったのだ!」

 

 牙がさらに食い込み、彼の身体を奥へと引き摺り込んでいく。

 その苦しみは尋常ではなかったが、薄れる意識の中で思った。

 

(……ラナスオル……僕は……)

 

 迷いの中にいる間にも、グレナシアは獲物を自らのものにしようと、牙を深く突き立てた。

 

 喉奥へ押し込まれ、その熱と圧力で押し潰され、呼吸も視界も失われていく。

 魂が溶け、痛みの中でふわりとした快楽が絡みつく。逃れる術はもうない。

 いや、もう抗う理由などないのかもしれない。

 

 その時――

 

 その様子を見つめながら、ラナスオルの紫の瞳が確固たる決意に燃え上がった。

 

「神喰らいの神よ……私は何を言われても構わない。だが、私の夫をこれ以上傷つけることは、絶対に許さない!!」

 

 叫びと共に、破壊の右手セヴァストが眩い光を放つ。

 その輝きは、彼女の全身全霊を込めたものであり、魂そのものさえも削る覚悟を宿していた。

 

 そして――

 

「これは……痛み分けだ」

 

 ドゴォッ――!!

 

 ラナスオルの低い声が響いた瞬間、轟音とともにグレナシアを貫く一撃が振り下ろされ、シードの身体に激しい衝撃が走った。

  

「が……っは……っ……!」

 

 耐え難い激痛が全身を砕き、彼は呻き声を漏らした。

 口から鮮血が溢れ出し、銀色の瞳が驚きに揺れる。

 

「なっ……!? 女神、貴様……!」

 

 グレナシアもまた困惑に満ちた声を上げた。

 なおもシードを喉奥に咥えたまま、驚愕の瞳でラナスオルを睨みつける。

 

 ラナスオルの手は震えていた。

 だが、その拳は決して止まらなかった。

 シードをここまで追い詰めた神喰らいの神への激しい憤怒が、拳に宿る破壊の力をさらに増幅させていく。

 

 ドガァッッ――!!

 

「ぐぁ……っ……」

 

「ぐっ……貴様が攻撃すれば、この男はどうなる? 余に捕らえられたままのシードが……無事だとでも思うか!?」

 

 ラナスオルは答えなかった。

 代わりに――

 

 次の一撃を、迷いなく叩き込んだ。

 

 ドゴォン――!!

 

 拳が光を纏い、無数の破壊の波動がグレナシアの巨体に炸裂する。

 その一撃一撃には、彼女自身の怒り、悲しみ、そして愛が込められていた。

 

 激しく続く衝撃の中、シードは掠れた声を振り絞った。

 

「がはっ……僕を傷つけて……どうする……あなたまで……壊れてしまう……!」

 

 ラナスオルは一瞬悲しげに瞳を揺らした。

 彼の痛みに共鳴するかのように、胸の奥が締め付けられる。

 

 ――彼は優しかった。

 自分が命の危機に瀕していようとも、彼は自分のことよりも彼女のことを案じていた。

 

 ――だが、ラナスオルは拳を止めることはなかった。

 

「君が壊れるくらいなら、私も壊れる!! 君が苦しむなら、私も苦しむ!! それが……愛というものだろう!!!」

 

 彼女の叫びと共に、破壊の右手が一際強い閃光を放つ。

 

(どうして君はいつもこうなのだ……なぜ、すべてを背負い込もうとする……なぜ、私の隣で生きる道を選んでくれないのだ!!)

 

 彼が何を言おうと、何を選ぼうと、彼女が彼を愛する気持ちは決して変わらない。

 彼が遠ざけても、拒んでも、どれだけ自分の手を汚そうとも。

 彼の罪も、苦しみも、痛みも、ともに背負う。

 

 彼が壊れるのなら、彼女もともに壊れる。

 

 ――それが、女神ラナスオルの愛だった。

 

「はああああああっ!!!」

 

 ゴシャァッ――!!

 

 渾身の一撃がグレナシアの顎に叩き込まれ打ち砕くと、その巨体が一瞬のけ反った。

 

「ぐぇっ……!」

 

 グレナシアの全身が激しく揺れる。

 よろめきながらも脚を踏み締めるが、獣の頭部はぐらりと傾いた。

 

 そして顎の力と牙が緩んだことで、シードの血塗れの身体がついに解放された。

 

 酷く傷つき、完全に虚脱しきった彼の身体が吐き出され、落下する。

 しかし、それを受け止めたのは冷たい地面ではなかった。

 彼をしっかりと抱きしめる温もりが、軽くなった肉体を包み込んでいく。

 

 ラナスオルは、シードの命の灯火を確認するかのように銀の瞳を覗き込む。

 

「シード……っ!!」

 

 涙の雫が頬にぽたりと落ち、その熱で彼は微かに瞳を開いた。

 血に滲む視界の中で長い白髪が揺れ、紫の瞳が濡れそぼっていた。

 

「……あなたという人は……本当に、愚かだ……」

 

 力の入らない唇が微かに動き、掠れた声が零れ落ちた。

 

 彼はラナスオルのあまりに愚かな行動に呆れ戸惑う。

 しかし――それ以上に彼女が愛おしかった。

 

 ラナスオルはシードの額にそっと唇を落とし、少しだけ皮肉を込めて囁く。

 

「君が愚かな男だから……私もそれに見合う妻にならないとな……!」

 

 漂う血の匂いも気にせず、涙を拭うこともせず、ただ二人は抱きしめ合っていた。

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