冷酷死霊術師とわがまま女神のリスタート 〜殺し合いの因縁を超えた先の、あまりにも短い幸福〜 作:えびふぉねら
居城の窓辺に立ち、シードは遠く広がる大地を見下ろしていた。
夕刻を告げる陽光が、廃墟と化した街を薄橙色に染め上げている。
そこに残るのは、粛清の青き炎による破壊と死の痕跡だけだ。
石造りの建物は焼け落ち、赤黒い染みのこびりついた地面には焦げた瓦礫が無数に散乱している。
かつてそこに暮らしていた人々の営みは、もはや過去のものとなった。
それでも、その絶望の中でも動き続ける命があった。
人間たちは瓦礫を片付け、新たな建材を運び、崩れた家々を修復し始めていた。
荒廃した土地に再び足を踏み入れ、彼らは少しずつ再建を進めている。
しかし、その歩みは遅々としていた。
傷ついた自然はラナスオルのフェルジアの力で蘇った。
だが――彼らの心に根付いた恐怖と憎しみは、簡単には消えない。
「僕はあの戦いで、呪いと化す寸前まで異形の力に飲まれていた……」
銀色の瞳が虚ろに光を宿し、低く掠れた声が窓辺の風に消えていく。
「この世界のためには、あのまま討たれた方がよかったのかもしれない……」
呟いた言葉に、自身ですら苦々しいものを感じた。
しかし、それが真実であることは否定できない。
シードが奪った命はあまりにも多すぎた。
たとえ「必要な戦い」だったとしても、罪であることに変わりはない。
「ラナスの民は……僕を赦さないだろう」
俯き、自らに言い聞かせるように呟いた、その時。
背後からこつこつと足音を響かせ、彼女の気配が近づいた。
「君はまだそんなことを言っているのか」
振り返ると、そこにいたのは妻――ラナスオルだった。
彼女はシードの隣へと歩み寄り、窓の外へと視線を向ける。
長い白髪がそよ風に揺れ、紫色の瞳に物憂げな光を宿している。
「ラナスオル……」
シードが小さく答えると、彼女は穏やかに見つめ返した。
「君一人の罪ではない。あれは私と君、二人で選んだ行動だ。無意味な殺戮ではないと、人間たちにも説明している」
彼女の声には揺るぎない確信が宿っていたが、シードの胸には鋭い痛みが刺さった。
「ですが、彼らは……本当に僕らを赦すのですか?」
シードは自嘲するように問いかけた。
街を焼き払い、何もかもを奪った自分を人間が受け入れるはずがない。
赦される資格などないと、彼は最初から分かっていた。
だが、ラナスオルは小さく首を振ると、窓の外から視線を戻し淡く微笑んだ。
「君は知らないだろうが、彼らはこう言ったよ」
「……?」
シードが不思議そうに目を細めると、彼女は少しだけいたずらっぽく笑い、言葉を続けた。
「『復興を手伝うなら、なんとか赦してもいい』とね」
「復興を手伝う……?」
彼は僅かに眉を上げ、彼女の顔を見やった。
「そうだ。今の君は、神喰らいの神との戦いで魔力をほとんど失っている。しばらくは人間同然だ。だからこそ、私たちも一緒に手伝うと伝えたんだ」
そう言う彼女の声はどこか楽しげでもあった。
「それに、私は神の力を使わずに彼らと同じように復興に励むと約束した。汗水流して働くのも悪くないだろう?」
その言葉に、シードの表情が僅かに陰る。
彼はラナスオルの腹部に視線を落とし、眉をひそめた。
「……その身体で、あなたに肉体労働をさせるつもりはありません」
彼女は一瞬驚いたように目を瞬かせたが、次の瞬間小さく吹き出した。
「なんだ、私のことを心配してくれるのかね?」
「心配ではなく……当然のことです」
そう言いながら、彼はそっと彼女の腰に手を回し、顔を近づける。
その仕草には、彼なりの感謝と愛情が込められていた。
ラナスオルは彼の肩に手を置き、柔らかく微笑んだ。
「なら、私が働く分、君も働きたまえ。復興は神の力ではなく、人の力で進めるべきだろう?」
シードは答えず、再び窓の外へと視線を移した。
その瞳には先程までの虚ろな光はもうなかった。
彼は静かに息をつき、ゆっくりと頷いた。
「……分かりました。彼らが望むのならば、僕もできる限りのことをしましょう」
ラナスオルは満足げに頷き、そっと彼の手を握り締めた。
窓辺に、瓦礫を運ぶ人間たちの声が風に乗って届く。
破壊された街が再び命を宿す日はまだ遠い。
しかし、その歩みは確かに始まっていることを、二神は感じていた。
「君の罪も、私の罪も、完全に消えることはないかもしれない。それでも、私たちは進むべきだ」
ラナスオルの言葉に、シードは静かに頷く。
窓の外には、復興の兆しを乗せた風が吹き抜けていた。
二人はその風を感じながら、新たな一歩を踏み出そうとしていた。