冷酷死霊術師とわがまま女神のリスタート 〜殺し合いの因縁を超えた先の、あまりにも短い幸福〜 作:えびふぉねら
荒れ果てた街に、二柱の影が降り立った。
焦げた土の上に静かな足音を響かせながら進むのは、シードとラナスオル。
周囲には、神と人の子を滅ぼした粛清の業火がもたらした惨状が広がっている。
街の空気は重く、人影はない。空を覆う灰と煤が昼時の陽光を遮り、焼け落ちた建物から漂う煙の残り香や、風に舞う細かな灰塵が、かつての営みの名残を無情に告げていた。
「……」
シードは足元に散乱する瓦礫に目を留めた。
――否、これはただの瓦礫ではない。
砕けた食器や焼けた子どもの玩具。どれも誰かの生活の一部であり、家族の記憶だったものだ。
彼は歩を進めながら、その一つ一つに罪の痛みを感じていた。
「……ここもか」
掠れた声が口から漏れるが、ラナスオルは何も言わず、そっと肩に手を置いて歩を促す。
シードはその静寂の中で、かつてこの街に響いていたであろう人々の笑い声、子どもたちのはしゃぐ声、夕暮れ時の鐘の音を胸に刻んだ。
* * *
二人は無言で焦土を踏みしめ、街の中央へと向かった。
そこには、この街の象徴たる広場があった。人々が集い、祈りを捧げた場所だ。
広場に辿り着いた時、二人の目に奇妙な光景が映る。
周辺の建物は無残に焼けただれ、瓦礫の山と化している。
だが、その中心に立つ一対の像だけは、戦火を免れ、時の流れに取り残されたかのように佇んでいた。
――ラナスの二神像。
並び立つ二つの像は今なお荘厳な姿を保ち、陽光を受けて輝いている。
驚くべきことに、それはただ「残っている」だけではない。
修復され、丁寧に磨かれたかのように煤一つ付いていない。
これほどの惨禍の後だというのに、誰かが毎日清めているのだろうか。
ラナスオルが像を見つめ、眉をひそめた。
「これは……?」
シードも像を見上げ、微かに目を細める。
「……興味深い光景ですね。街全体がこれほど荒廃しているのに、この像だけが丁寧に扱われているとは……」
その言葉と同時に、瓦礫の隙間から一つの影が現れた。
埃まみれの布衣を纏い、年老いた身体をかがめながら近づいてくる初老の男。
灰と土に汚れた姿とは裏腹に、その瞳には信仰者特有の清らかな光が宿っていた。
「女神ラナスオル様……銀灰の守護者シード様……」
男の声は驚きと畏敬に満ちている。
二人の姿を見るなり、信じられないものを見るように目を見開き、地に膝をついた。
そして手を胸に当て、深く頭を垂れる。
「……まさか、本当にこの街にお越しくださるとは。像と変わらぬ、いや、それ以上に気高くお美しい……」
男は敬愛を込めた祈りの所作を見せる。そこには深い罪の意識が滲んでいた。
「失礼しました。私はこの街の教会を預かる者でございます。神父として、人々に神の言葉を伝えております……」
神父は顔を伏せたまま静かに語り始めた。
淡々とした言葉に、後悔と懺悔が込められている。
「この街の者たちは、長き平穏に慣れ、神への感謝を忘れていました。世界の平和は当たり前、守られて当然と思い込んでいたのです……。その傲慢が、あの災厄を招いたのでしょう」
神父は地に額を押しつけるようにして声を震わせた。
「どうか……お赦しください。我らの罪を、どうかお見逃しください……」
広場に再び静寂が戻る。
灰の舞う音だけが、二人と神父の間を通り過ぎていく。
シードは黙したまま男を見下ろしていたが、銀の瞳に複雑な感情が宿る。
この男は信仰と贖罪の中で懺悔している。
だが、シード自身は「神」に値する存在ではないと思っていた。
「……僕はそのようなことをされる資格はありません」
掠れる声で呟く。
神喰らいの神との戦いでラナスの民を守ったとはいえ、それまでに奪った命は数え切れない。
この街を焼き払い、絶望をもたらした張本人が「守護者」と呼ばれる違和感と、許されぬ罪悪感が彼の胸を苛む。
その隣で、ラナスオルがゆっくり男に歩み寄る。
「顔を上げなさい、神父よ」
穏やかで凛とした声が広場に響いた。
神父は恐る恐る顔を上げる。その瞳に薄らと涙が滲む。
ラナスオルは顎に手を当て、唇を緩めて柔らかく微笑んだ。
「ふむ……こうして直接信仰心を見せられるのも、悪くないものだな?」
彼女らしい優雅さと軽やかな冗談が混じる声。
だが、その眼差しは確かに神父の心に届いていた。
彼女は振り返り、無言で立ち尽くすシードの肩を軽く叩く。
「シード、お互い様だろう? 神父よ、この男を好きなだけコキ使ってくれたまえ。少しは役に立つかもしれないぞ」
その軽口に神父は目を見開き、やがて安堵したように微笑んだ。
「ありがとうございます……お二人の慈悲に、心より感謝いたします」
神父はゆっくり立ち上がり、像の方へ視線を向ける。
「私はこれからも、この像と生き残った者たちとともに、この地を復興してまいります。どうか……神々のお力で、私たちを見守りください」
ラナスオルは静かに頷いた。
「私たちはいつでも見守っている。姿が見えずとも、君たちの歩みを見届けている。だから、希望を捨てずに前へ進むのだ」
風に乗るように響いた女神の声に、神父は深く頭を下げる。
シードは黙ったままその様子を見届けていた。
瞳に宿る影はまだ消えない。赦されていないのは、他ならぬ自分自身なのだから。
「行きましょうか、ラナスオル」
シードがそう言うと、二人は再び歩き出す。
崩れた街の中、焼け焦げた記憶の上を進む。
ラナスオルはふと立ち止まり、シードに寄り添うとそっとその手を握った。
彼女の手の温もりは光となり、彼の胸の奥に灯る。
「……シード。ともに進もう」
その声は、風に紛れて焼け跡の街に消えていった。