冷酷死霊術師とわがまま女神のリスタート 〜殺し合いの因縁を超えた先の、あまりにも短い幸福〜 作:えびふぉねら
かつてシードは、幻のラナスオルに与えられた神としての永遠の命を嘆き、それを「永遠に答えを見つけられない呪い」と呼んでいた。
終わりを迎えることこそが唯一の救いだと信じ、自らその輪廻から抜け出す術を探し続けていた日々さえあった。
しかし、ラナスの世界で女神ラナスオルと再び巡り合った日から、シードの世界は少しずつ変わっていった。
対話を重ね、互いの孤独を知った。
ともに答えを探し、人々の営みに寄り添い、一万年もの時を経て彼女と夫婦となり、今やその愛の結晶ともいえる新たな生命が彼女の胎内に宿っている。
過去の罪を完全に消し去ることはできない。
それでも彼は、ようやく「生きる意味」を手にすることができたと、そう思っていた。
だが、皮肉にもそれを失いかけている今、彼の心に湧き上がったのは「まだ生きたい」という切実な願いだった。
* * *
崩れた瓦礫の下で、全身を重くのしかかる痛みが襲う。
世界がゆっくりと遠ざかっていくような感覚の中、シードは薄れゆく意識で必死に抗おうとしていた。
弱々しく動く腕で、身体に積み重なった木材の破片を払いのけようとする。
(動け……)
彼は心の中で叫んだ。
――動け。まだ終わらせたくない。
こんなところで終わるわけにはいかない。
冷静だった銀色の瞳に、僅かな「生への執着」と「希望」の色が宿る。
だが、それが次第に薄れ始めるのを自分でも感じていた。
かつての彼なら、微笑みすら浮かべて「これでようやく終わる」と思ったかもしれない。
「ラナスオル……」
血塗れの唇から掠れた声が洩れる。
自分を変えてくれた、たった一人の愛おしい女神の名。
――彼女の横でもう一度ともに歩みたい。
――腹部に宿る命の、初めての泣き声をこの耳で聞きたい。
沈みかける意識の中で、左手をかろうじて持ち上げた。
その薬指に宿る微かな光も、もはや彼の瞳には映らない。
――あなたのために生きたい。
そう願った時、彼の瞼は重く閉じられた。
周囲のざわめきも、助けを求める子供たちの泣き声も、もうその耳には届かなかった。
彼の呼吸は弱々しく――やがて、完全に途絶えた。
* * *
その頃。
居城の奥、陽光の差し込む広間のソファで、ラナスオルは穏やかな午後に包まれていた。
白髪を肩に流し、大きく膨らんだ腹部を両手で撫でながら、目を閉じて考えを巡らせる。
(男の子か、女の子か……ふふ、名前をともに考えるのが楽しみだな)
母としての安らぎと、神としての威厳を湛えた笑みを浮かべ、夫の帰りを待っていた。
――その時だった。
『女神様! シード様をお救いください!』
まるで激流が押し寄せるように、数十、数百にも及ぶ祈りの声が彼女の元へ届いた。
「……!?」
その声は、一様ではない。
幼い子供の叫び、老婆の涙ながらの嘆願、男たちの荒々しい声、女たちのすすり泣き。
あらゆる声が切実に――そして必死に、同じ願いを叫んでいた。
『ラナスオル様! シード様が……!』
『銀灰の守護者様を助けて……!』
ラナスオルは一瞬、呼吸を失った。
「シードが……どうしたというのだ……!?」
祈りの波に圧倒され、震える声で呟く。
冷や汗が滲み、言いようのない胸騒ぎが激しく警鐘を鳴らす。
すぐさま精霊との交信を試み彼の様子を探ろうとするが、焦りで思考が絡まり、うまく集中できない。
普段は意のままに操れる力も、精神の乱れで不安定になっていた。
「落ち着け……落ち着くのだ……私は神だ……神なのだ……」
大きな腹部に手を当て、自分に言い聞かせるように低く何度も呟く。
だが、心の中では焦燥と恐怖が渦巻いていた。
ここには、もう一つの命が宿っている。
この命を守るために、自分は決して動揺してはならない――頭ではわかっているはずだった。
シードの存在は、彼女にとってすでに「神」という枠を超えた、大切な「伴侶」であり「家族」だ。
彼を失うことは、自分の世界を失うことと同じだった。
「待っていろ……」
彼女は目を閉じ、深く息を吸い込んだ。そして重く膨らんだ腹部を庇いながら、意を決して外へと飛び出した。
全身に残る恐怖を押し殺し、その胸にただ一つの願いだけを強く抱きながら。