冷酷死霊術師とわがまま女神のリスタート 〜殺し合いの因縁を超えた先の、あまりにも短い幸福〜   作:えびふぉねら

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149話 祈り

 教会の前には、すでに多くの人々が集まっていた。

 

 通りを行き交う人々も作業の手を止め、教会前の広場へと集まり、やがてそこは黒山の人だかりとなっていた。

 働く若者、老人、子どもたち――皆が声もなく佇み、空気は重く澱んでいる。

 

 彼らの間に漂うのは、深い悲痛と絶望だった。

 

 街の誰もが慕い、頼りにしてきた男――「銀灰の守護者」と呼ばれたシードが、崩れ落ちた瓦礫の下に静かに横たわっている。

 その現実が、人々の心に重くのしかかっていた。

 

 やがて、あちこちから嗚咽と啜り泣く声が聞こえ始めた。

 無力さに打ちひしがれた叫びが広場に響き、悲しみが波紋のように広がっていく。

 

 その中を、一人の女性がゆっくりと歩み寄ってくる。

 

 ――女神ラナスオル。

 

 大きく膨らんだ腹部を庇いながら、風に吹かれたら倒れそうなほど頼りない足取りで、人々をかき分け瓦礫の中心へと進んでいく。

 その姿には、いつもの威厳や神々しさは感じられなかった。

 

「ラナスオル様……」

 

 街の人々は顔を歪め、口々に女神の名を呟いた。

 

 彼女の白髪は風に乱れ、紫の瞳には涙が滲み、目の前の光景さえぼやけて見えている。

 大丈夫だ、きっと彼は大丈夫――胸に手を当て、彼女は何度も自分にそう言い聞かせた。

 

 しかし――

 

「シード……?」

 

 か細い声が喉奥から絞り出される。

 

 視線の先には、崩れた瓦礫と血の海。その中心に、動かぬ銀髪の男が倒れていた。

 彼女の紫の瞳が、ふいに鋭く光を放つ。

 

 涙に濡れた頬を伝う光が宙に散り、抗えぬ恐怖からくる衝動が破壊の右手を震わせた。

 

「邪魔だ!!」

 

 セヴァストの力が解放された瞬間、凄まじい衝撃波が周囲を駆け抜ける。

 シードの上に積み重なっていた瓦礫が一瞬で吹き飛び、塵のように四方へ散った。

 

 人々は驚愕し後ずさったが、誰一人その場を離れようとはしなかった。

 

 瓦礫は取り払われた。だが、シードはなんの反応も示さず倒れたままだった。

 

「うわあああああん! 女神様ぁぁ! シード様を助けて!!」

 

 背後から泣き叫ぶ声が響く。

 

 ラナスオルが振り返ると、命を救われた小さな双子の兄妹が涙を流しながら彼女のドレスの裾を掴んでいた。

 小さな手は激しく震え、顔は涙でぐしゃぐしゃだった。

 

「オレたちを……かばって……シード様が……!」

 

 兄の声は途切れ途切れで、泣き腫らした目がラナスオルを見上げる。

 妹は泣きじゃくり、ただ彼女を見つめるばかりだった。

 

 ラナスオルは双子に何も言えなかった。

 彼女自身、心が崩れそうなほど揺らいでいた。

 

 そっと双子の手を解き、彼女はシードの傍に膝をつく。

 抱き起こした彼の身体は、驚くほど冷たかった。

 

「……冷たい……」

 

 普段なら微かにでも温もりが感じられるはずの彼の身体が、今は石のように硬く冷たい。

 どれだけ癒しの力を注ごうと、取り戻せないと一瞬でわかるほどに。

 

 それでもラナスオルは、創造の左手フェルジアを彼の胸元にかざし、全力の魔力を注ぎ込む。

 

 眩い光が彼の身体を包み、傷がみるみる塞がっていく。

 砕けた骨、裂けた皮膚、血――すべてが元の形に戻っていった。

 

 しかし――

 

 彼の胸は動かず、呼吸は戻らない。

 

「起きろ……! 君は不死身の異形の神だろう……! こんなところで……寝ている場合か……!」

 

 ラナスオルの声は震え、涙がぽたぽたと彼の顔に落ちる。

 銀色の髪が濡れ、額に絡みついた。

 

「うっ……ううっ……頼む……目を開けてくれ……!」

 

 全身全霊の魔力を込めて彼の胸に手を当て続け、啜り泣く声とともに光が輝きを増す。

 

「シード……シードっ……!!」

 

 だが彼の瞳は閉じたまま、指先一つ動かなかった

 

 フェルジアの創造の力は、命を癒やし再生をもたらす神の御業。

 だが、その力は生命が燃え尽きた後には届かない。

 

 ラナスオルは唇を噛み締め、震える手で彼の顔を撫でた。

 青白い頬の冷たさが、愛する夫の死を嫌というほど突きつける。

 

「どうして……私の力が……届かないのだ……!?」

 

 それはただ一人の女が、愛する者を失った叫びだった。

 

 人々の視線がラナスオルに注がれる。

 誰もが彼女に奇跡を期待していた。この世界で彼を救えるのは彼女しかいないと信じていた。

 

 だが――

 

 ラナスオルはシードの亡骸を抱きしめたまま動けなかった。

 創造の光が消え、両腕に残ったのは冷たく硬い彼の身体だけ。

 

「私がついていれば……助けられた……けれど君は、そうさせなかった……私のために……」

 

 彼女がここにいれば、こんなことにはならなかっただろう。

 だが、彼はそれを許さなかった。

 彼女の身体に宿った新たな命――その命が無事に生まれる未来を、彼は何よりも優先した。

 

 ラナスオルの胸を締め付けるのは、取り返しのつかない後悔と耐え難い喪失感だった。

 そっと、自らの膨らんだ腹部に手を添える。

 

「この子は、君の顔を見ることなく生まれてくる……」

 

 震える声が静まり返った広場に響いた。

 

 紫色の瞳から溢れる涙が、シードの頬に落ちていく。

 

「女神様……!」

 

 ふいに誰かの叫び声が上がる。祈るような呼びかけだった。

 

 だが、ラナスオルには何も届かなかった。

 この瞬間、彼女の世界は色を失い、愛する者を失う痛みだけが残っていた。

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