冷酷死霊術師とわがまま女神のリスタート 〜殺し合いの因縁を超えた先の、あまりにも短い幸福〜   作:えびふぉねら

15 / 181
15話 闇の法廷バトラー

 シードが立っていたのは、静まり返る裁判所の被告人席。法廷内には、訴訟の場とは思えない少し異様な雰囲気が漂っていた。

 裁判員たちは固い表情を浮かべたまま、じっとシードを注視している。

 

 彼が今日弁護を務めるのは、著名な企業幹部による横領事件の被告だ。

 周囲からはすでに「有罪確実」と見なされており、裁判員たちも明らかに被告を疑う目つきで見ている。

 

 しかし、シードはその空気をまるで意に介さず、被告の隣で腕を組み、起訴側の証人である元同僚が証言を述べる様子を観察していた。

 

(人間の思い込みなど、いかに脆く曖昧なものか)

 

 彼の無感情な銀色の瞳が証人の視線に絡み、そこに「霧」を忍ばせる。

 死霊術の一種で、相手の意識に僅かな乱れを引き起こす魔法だ。

 

「……そう、被告はその夜、会社のデータを持ち出そうとしているのを私も見かけました! 間違いありません!」

 

 証人は自信たっぷりに断言するが、その表情には不自然に強張り、額にほんのり汗が滲んでいる。

 シードは微かに笑みを浮かべ、徐に立ち上がった。

 

「証人、あなたの話には一貫性が欠けているようですね」

 

 証人がシードの言葉に眉をひそめた瞬間、彼の視線が鋭さを増した。

 死霊術による微細な魔力が証人の精神に絡みつき、幻影を忍び込ませる。

 

(あなたの記憶を少しだけ覗かせてもらおうか) 

 

 証人の脳裏に、過去の記憶がぼんやりと浮かび上がる。

 それは、事件の夜――被告ではなく、別の幹部が不自然な動きをしていた光景だった。

 

 途端に証人の額に汗が浮かび、視線が泳ぎ始めた。

 シードの言葉がまるで自身の心の奥底を抉り取るかのように響く。

 

 証人は、そんなはずはない、と心の中で否定するものの、頭に浮かんだのは確かに自分が見た「もう一つの光景」だった。

 

「い、いえ……違う、そんなはずでは……」

 

 証人の声があやふやになり始める。

 シードは冷ややかな視線をそのまま彼に向けた。

 

「あなたはあの夜、別の幹部の動きも見かけたのでは? それとも、当夜の記憶を改竄しているわけではありませんね?」

 

 証人はシードの目を見たまま、焦りの色を浮かべ黙り込む。

 追い詰められながらも言葉を探すが、何も出てこない。

 

 シードは焦燥に塗れた証人をじっと見つめ、静かに最後の一手を打つ。

 

「証言には矛盾があるようです。真実が見えないのなら、私たちはただ、目を閉ざすしかないのです。証人、あなたは証言台に立つ準備が整っていなかったようですね」

 

 裁判官は目を細めながら証人を見つめ、裁判員たちもそれぞれ顔を見合わせていた。

 シードの冷静な指摘によって、証人の言葉が揺らぎ始めたことを感じ取ったのだ。

 静寂が法廷を包み、全員が次の言葉を待っている。

 

 証人は顔を引きつらせ、とうとう口を開いた。

 

「……いえ、やはり記憶が混乱しているだけかもしれません。私が見たのは……他の……か、可能性も……」

 

 その場の空気が完全に変わった。

 シードの表情には、僅かな勝利の余韻が漂っていた。

 

 その日、裁判員たちは「無罪」という判断を下した。シードの冷徹な戦術と、こっそり仕掛けた「幻術」が、法廷での勝利を確実なものとしたのである。

 

 帰り際、廊下を歩くシードの背中には冷たい影が漂っていた。

 それは誰にも見えない、死霊術師としての罪だろうか。

 

(事実などいくらでも歪められる。これが正義だと言うつもりはない。だが……力を振るう以上、僕は必ず勝つ)

 

 闇に吸い込まれるように、冷酷な足音だけが響いた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。