冷酷死霊術師とわがまま女神のリスタート 〜殺し合いの因縁を超えた先の、あまりにも短い幸福〜 作:えびふぉねら
シードが立っていたのは、静まり返る裁判所の被告人席。法廷内には、訴訟の場とは思えない少し異様な雰囲気が漂っていた。
裁判員たちは固い表情を浮かべたまま、じっとシードを注視している。
彼が今日弁護を務めるのは、著名な企業幹部による横領事件の被告だ。
周囲からはすでに「有罪確実」と見なされており、裁判員たちも明らかに被告を疑う目つきで見ている。
しかし、シードはその空気をまるで意に介さず、被告の隣で腕を組み、起訴側の証人である元同僚が証言を述べる様子を観察していた。
(人間の思い込みなど、いかに脆く曖昧なものか)
彼の無感情な銀色の瞳が証人の視線に絡み、そこに「霧」を忍ばせる。
死霊術の一種で、相手の意識に僅かな乱れを引き起こす魔法だ。
「……そう、被告はその夜、会社のデータを持ち出そうとしているのを私も見かけました! 間違いありません!」
証人は自信たっぷりに断言するが、その表情には不自然に強張り、額にほんのり汗が滲んでいる。
シードは微かに笑みを浮かべ、徐に立ち上がった。
「証人、あなたの話には一貫性が欠けているようですね」
証人がシードの言葉に眉をひそめた瞬間、彼の視線が鋭さを増した。
死霊術による微細な魔力が証人の精神に絡みつき、幻影を忍び込ませる。
(あなたの記憶を少しだけ覗かせてもらおうか)
証人の脳裏に、過去の記憶がぼんやりと浮かび上がる。
それは、事件の夜――被告ではなく、別の幹部が不自然な動きをしていた光景だった。
途端に証人の額に汗が浮かび、視線が泳ぎ始めた。
シードの言葉がまるで自身の心の奥底を抉り取るかのように響く。
証人は、そんなはずはない、と心の中で否定するものの、頭に浮かんだのは確かに自分が見た「もう一つの光景」だった。
「い、いえ……違う、そんなはずでは……」
証人の声があやふやになり始める。
シードは冷ややかな視線をそのまま彼に向けた。
「あなたはあの夜、別の幹部の動きも見かけたのでは? それとも、当夜の記憶を改竄しているわけではありませんね?」
証人はシードの目を見たまま、焦りの色を浮かべ黙り込む。
追い詰められながらも言葉を探すが、何も出てこない。
シードは焦燥に塗れた証人をじっと見つめ、静かに最後の一手を打つ。
「証言には矛盾があるようです。真実が見えないのなら、私たちはただ、目を閉ざすしかないのです。証人、あなたは証言台に立つ準備が整っていなかったようですね」
裁判官は目を細めながら証人を見つめ、裁判員たちもそれぞれ顔を見合わせていた。
シードの冷静な指摘によって、証人の言葉が揺らぎ始めたことを感じ取ったのだ。
静寂が法廷を包み、全員が次の言葉を待っている。
証人は顔を引きつらせ、とうとう口を開いた。
「……いえ、やはり記憶が混乱しているだけかもしれません。私が見たのは……他の……か、可能性も……」
その場の空気が完全に変わった。
シードの表情には、僅かな勝利の余韻が漂っていた。
その日、裁判員たちは「無罪」という判断を下した。シードの冷徹な戦術と、こっそり仕掛けた「幻術」が、法廷での勝利を確実なものとしたのである。
帰り際、廊下を歩くシードの背中には冷たい影が漂っていた。
それは誰にも見えない、死霊術師としての罪だろうか。
(事実などいくらでも歪められる。これが正義だと言うつもりはない。だが……力を振るう以上、僕は必ず勝つ)
闇に吸い込まれるように、冷酷な足音だけが響いた。