冷酷死霊術師とわがまま女神のリスタート 〜殺し合いの因縁を超えた先の、あまりにも短い幸福〜   作:えびふぉねら

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150話 ラナスの大地へ

 教会の霊園――

 

 風が草を揺らし、雲間から差し込む薄い陽の光が石畳を儚く照らしていた。

 冷たく静まり返ったこの場所は、神聖でありながらどこか色褪せて見える。

 

 その中に新たに設けられた一つの墓標。

 

 飾り気のない、磨かれた灰色の墓石が寂しげに佇む。

 誰もが慕った男――銀灰の守護者シード。

 彼の名を刻んだ墓標は、周囲の草花に囲まれながら孤独に鎮座していた。

 

 街の雑踏も遠ざかり、鳥の鳴き声すらしない。

 ただ、風のざわめきだけが死者たちの囁きのように響いている。

 

 神父は墓標の手前で静かに立ち止まり、沈痛な面持ちで口を開いた。

 

「本当に、ここでよろしいのですか……女神様」

 

 ためらいがちな問いが落ちる。

 

 祈りの声を捧げすぎたのだろう。神父の声は掠れ、喉の疲弊が感じられる。

 戸惑い、敬意、そして深い悲しみがその眼窩に浮かんでいた。

 

 神父の視線の先にいたのは、黒い喪服に身を包んだラナスオルだった。

 

 紫の瞳は固く閉じられ、目を開くことすらできないほど心が沈んでいる。

 その背中は「神」として世界を統治した威厳を完全に脱ぎ捨て、今はただ一人の「妻」として、愛する者の眠る場所に跪いていた。

 

 ――沈黙が流れる。

 

 やがてラナスオルは、風にあおられる髪をそのままに、ゆっくりと顔を上げた。

 

「構わない」

 

 低く、短い返答。まるで魂の抜け殻が喋っているかのような虚ろな声音

 

「彼は元々人間だった。ラナスの大地に還してやるのが、一番いいだろう」

 

 そこには彼女の深い覚悟が込められていた。

 かつて無へ葬られ、神の力を得て、そして異形の存在へと堕ちた彼。

 だがラナスオルにとっての彼は、それ以上でもそれ以下でもない、愛しい「人間」だった。

 

 彼女の手がそっと墓標に触れる。

 その仕草は名残惜しげで、石の中に眠る彼と語り合うように、彼の鼓動を探すかのように――

 

「ここなら、彼も君たちを近くから見守ってやれるだろう」

 

 彼女の静かな声が冷たい風に乗って響く。

 

 神父は深く黙礼し、手を合わせて長い祈りを捧げると、ラナスオルを残してそっとその場を去っていった。

 立ち去る背に夕刻の陽光が重なり、その姿が墓地の彼方へと消えていく。

 

 

 * * *

 

 

 空が茜色に染まり始める中、ラナスオルは墓標の前の石畳に膝を崩した。

 その姿はもはや誰もが知る女神ではない。夫を喪い絶望に沈む一人の女だった。

 

 その手にはまだ彼の温もりを求めるような未練が残り、肩は細かく震えていた。

 

「……バカものめ……」

 

 不意に、腹の底から絞り出すような声が響く。

 

「君は何度も私を愚かだと言ったな!」

 

 その瞬間、彼女は握りしめた右拳で石畳を叩きつける。

 冷たい硬質の音が墓地にこだまし、周囲にいた鴉たちが一斉に飛び立った。

 

「一番愚かなのは誰だ……!? 守ると約束しておきながら……ラナスも、私も、この子のことも……全部……!」

 

 その叫びには怒り、哀しみ、後悔、無力感――あらゆる感情が混ざり合っていた。

 声を荒げながら、彼女は拳を震わせる。

 

 喉奥から込み上げる波に押し流され、彼女の頬に涙が次々と伝う。

 墓標に向けられた紫の瞳は、耐えきれぬ悲しみの海に沈みかけていた。

 

「私は……誰を守ればいい……」

 

 怒りを込めて叫んでいた声は、次第に力を失い、掠れていく。

 彼女の震える肩から徐々に力が抜け、大きな腹部を抱え込むようにしてその場に崩れ落ちた。

 

「……君が……いない世界で……どうやってこの子を……」

 

 涙が頬を伝い、墓標の前の石畳に静かに染み込んでいく。

 亡き夫への供物のように、止めどなく――。

 

 世界は変わることなく回っている。

 精霊たちが昼と夜を運び、人々は復興に勤しむ。

 

 だが――

 

 ラナスを守るため、力を振るい続けた二神の一柱は確かにこの世界から消えた。

 その喪失は、世界にとってさえ大きすぎた。

 

 そして何よりも、ラナスオルの心に開いた穴は、取り返しのつかない孤独となって彼女の胸に居座り続けていた。

 

「……シード……」

 

 その名を呟く彼女の声は、乾いた風の音に溶け、空へと消えていく。

 

 墓標の周囲で慰めるように精霊が囁き、枯れ草が揺れた。

 彼がそこにいるのだと伝えるように。

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