冷酷死霊術師とわがまま女神のリスタート 〜殺し合いの因縁を超えた先の、あまりにも短い幸福〜   作:えびふぉねら

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152話 エピローグ ラナスの世界

 居城の一室、窓辺にひとり佇むラナスオルの姿は、まるで時間に取り残された存在のようだった。

 風の精霊たちが肩に寄り添い、愛おしげに彼女の髪を撫でていく。

 

 彼女の視線は、遠く澄み切った青空へと向けられている。

 雲ひとつない空の向こうから、かつて愛した者の魂がそっと覗いているような気がした。

 

「シード……」

 

 ラナスオルは、左手の薬指に嵌められた指輪に目を落とした。

 白い宝石が淡く、微かな光を放っている。

 その輝きに、彼女の瞳が潤んだ。

 

「結局、娘は……旅に出てしまったよ」

 

 風の音に溶けるように、彼女は言葉を紡いだ。

 声は決して強くなく、消え入りそうなほど儚い。

 

「君の遺したラナスの世界を、ひとつひとつこの目で確かめたいと。人々を助け、君の痕跡を感じたいんだと言ってね……」

 

 紫の瞳が揺れる。深い色の奥に、言葉にできない哀しみが滲んだ。

 遠い存在を探すように空を仰ぎ、彼女はそっと胸に手を当てる。

 

「また……私はひとりぼっちか……」

 

 それは女神としてではなく、妻として、母としての本音だった。

 

 目を伏せた彼女の頬を、一筋の涙が静かに伝った。

 胸元のドレスを濡らしながら、過去に思いを馳せて呟く。

 

「君と私で、大岩から街を救った時のこと……覚えているか?」

 

 風がそっと応えるように、彼女の髪を優しく撫でた。

 

「君があの時、少女から小さな白い花を受け取っただろう? 娘の名は『セラ』……あの花の名だよ」

 

 ラナスオルの口元に、ふと微笑が浮かぶ。

 あの日、ともに戦い、守り――白い花を手に穏やかに佇む彼の姿がよぎった。

 

「花言葉は『幸福』『才能』……君の魔術の才を受け継いだあの子に、ぴったりだろう」

 

 窓の外には、風に揺れる草原と輝く山々が広がる。

 そのどこかで今、娘――セラはどんな想いを抱きながら旅をしているのだろうか。

 ラナスオルはその光景を眺めながら、ゆっくりと言葉を紡いだ。

 

「自由に、幸せに、この世界で羽ばたいてほしい。あの子にとっての幸せは……きっと、これからあの子自身が見つけていくのだろう」

 

 ふいに舞い込んだ風が、柔らかく頬を撫でる。

 それはまるで、シードの手のひらが触れたような錯覚だった。

 懐かしい気配。夢の中で何度も追い求めた温もり。

 

 彼女はその感触に微笑み、そっと瞳を閉じた。

 

「シード……私はこの世界を守り続ける。君はこの空から、どうかあの子を――見守ってくれ」

 

 願いを込めた女神の言葉は風に乗り、空へと吸い込まれていった。

 

 

   * * *

 

 

 その頃、ラナスの果てなき草原を一人の少女が駆け抜けていた。

 風を纏い、長い白髪をなびかせ、彼女は広がる世界を両腕で感じていた。

 銀色の瞳は父の面影を色濃く宿しながら、彼女自身の希望の光を湛えている。

 

 女神セラ――

 この世界に生を受けて僅か数年。だが神の子としての彼女は、父のように聡明で、母のように凛々しく、そして美しかった。

 

 彼女の心には、ある決意があった。

 「幸福」「才能」……そして「思いがけない出会い」。

 自分の名前に込められた意味を知る彼女は、強く心に誓っていた。

 

「お父様……」

 

 彼女は立ち止まり、青空を仰いだ。

 

「私はたくさんの人と出会い、学び、時に別れて……でもいつか、あなたをきっと見つけてみせます」

 

 その誓いの声は高く、草原の広がりとともに響いた。

 少女は再び走り出す。

 

 彼女が駆け抜けた後に、小さな白い花が次々と咲いていく。

 その道を祝福するように、精霊たちが光の粒子となって空へと舞い上がった。

 

 青空を切り取るように伸びた白い雲が、少女を導くように続く。

 高みには、微かに輝く銀色の星が一つ。

 それは、銀灰の守護者――かつてラナスを守った神が、今も空から家族と世界を見守っているようだった。

 

 

   * * *

 

 

 ラナスの世界は、今日も穏やかな風に包まれている。

 破壊と創造を司る女神が守る平穏の中で、多くの命が繋がれ、継がれていく。

 

 銀灰の守護者が遺した平和は、この地に確かに息づいている。

 そして今、新たな命がその意志を継ぎ、歩みを始めた――どこまでも広がる草原のように、無限の可能性を宿しながら。

 

 少女は恐れずに進んでいく。

 彼女の旅の終わりに、星の導きが何を示すのか、それはまだ遠い未来のことだろう。

 

 だが、その未来はきっと幸福と希望に満ちたものであると、精霊たちが囁いていた。




※ここまでお読みいただきありがとうございました。
番外編が28話ほどありますので、後日まとめてアップします。
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