冷酷死霊術師とわがまま女神のリスタート 〜殺し合いの因縁を超えた先の、あまりにも短い幸福〜 作:えびふぉねら
居城の一室、窓辺にひとり佇むラナスオルの姿は、まるで時間に取り残された存在のようだった。
風の精霊たちが肩に寄り添い、愛おしげに彼女の髪を撫でていく。
彼女の視線は、遠く澄み切った青空へと向けられている。
雲ひとつない空の向こうから、かつて愛した者の魂がそっと覗いているような気がした。
「シード……」
ラナスオルは、左手の薬指に嵌められた指輪に目を落とした。
白い宝石が淡く、微かな光を放っている。
その輝きに、彼女の瞳が潤んだ。
「結局、娘は……旅に出てしまったよ」
風の音に溶けるように、彼女は言葉を紡いだ。
声は決して強くなく、消え入りそうなほど儚い。
「君の遺したラナスの世界を、ひとつひとつこの目で確かめたいと。人々を助け、君の痕跡を感じたいんだと言ってね……」
紫の瞳が揺れる。深い色の奥に、言葉にできない哀しみが滲んだ。
遠い存在を探すように空を仰ぎ、彼女はそっと胸に手を当てる。
「また……私はひとりぼっちか……」
それは女神としてではなく、妻として、母としての本音だった。
目を伏せた彼女の頬を、一筋の涙が静かに伝った。
胸元のドレスを濡らしながら、過去に思いを馳せて呟く。
「君と私で、大岩から街を救った時のこと……覚えているか?」
風がそっと応えるように、彼女の髪を優しく撫でた。
「君があの時、少女から小さな白い花を受け取っただろう? 娘の名は『セラ』……あの花の名だよ」
ラナスオルの口元に、ふと微笑が浮かぶ。
あの日、ともに戦い、守り――白い花を手に穏やかに佇む彼の姿がよぎった。
「花言葉は『幸福』『才能』……君の魔術の才を受け継いだあの子に、ぴったりだろう」
窓の外には、風に揺れる草原と輝く山々が広がる。
そのどこかで今、娘――セラはどんな想いを抱きながら旅をしているのだろうか。
ラナスオルはその光景を眺めながら、ゆっくりと言葉を紡いだ。
「自由に、幸せに、この世界で羽ばたいてほしい。あの子にとっての幸せは……きっと、これからあの子自身が見つけていくのだろう」
ふいに舞い込んだ風が、柔らかく頬を撫でる。
それはまるで、シードの手のひらが触れたような錯覚だった。
懐かしい気配。夢の中で何度も追い求めた温もり。
彼女はその感触に微笑み、そっと瞳を閉じた。
「シード……私はこの世界を守り続ける。君はこの空から、どうかあの子を――見守ってくれ」
願いを込めた女神の言葉は風に乗り、空へと吸い込まれていった。
* * *
その頃、ラナスの果てなき草原を一人の少女が駆け抜けていた。
風を纏い、長い白髪をなびかせ、彼女は広がる世界を両腕で感じていた。
銀色の瞳は父の面影を色濃く宿しながら、彼女自身の希望の光を湛えている。
女神セラ――
この世界に生を受けて僅か数年。だが神の子としての彼女は、父のように聡明で、母のように凛々しく、そして美しかった。
彼女の心には、ある決意があった。
「幸福」「才能」……そして「思いがけない出会い」。
自分の名前に込められた意味を知る彼女は、強く心に誓っていた。
「お父様……」
彼女は立ち止まり、青空を仰いだ。
「私はたくさんの人と出会い、学び、時に別れて……でもいつか、あなたをきっと見つけてみせます」
その誓いの声は高く、草原の広がりとともに響いた。
少女は再び走り出す。
彼女が駆け抜けた後に、小さな白い花が次々と咲いていく。
その道を祝福するように、精霊たちが光の粒子となって空へと舞い上がった。
青空を切り取るように伸びた白い雲が、少女を導くように続く。
高みには、微かに輝く銀色の星が一つ。
それは、銀灰の守護者――かつてラナスを守った神が、今も空から家族と世界を見守っているようだった。
* * *
ラナスの世界は、今日も穏やかな風に包まれている。
破壊と創造を司る女神が守る平穏の中で、多くの命が繋がれ、継がれていく。
銀灰の守護者が遺した平和は、この地に確かに息づいている。
そして今、新たな命がその意志を継ぎ、歩みを始めた――どこまでも広がる草原のように、無限の可能性を宿しながら。
少女は恐れずに進んでいく。
彼女の旅の終わりに、星の導きが何を示すのか、それはまだ遠い未来のことだろう。
だが、その未来はきっと幸福と希望に満ちたものであると、精霊たちが囁いていた。
※ここまでお読みいただきありがとうございました。
番外編が28話ほどありますので、後日まとめてアップします。