冷酷死霊術師とわがまま女神のリスタート 〜殺し合いの因縁を超えた先の、あまりにも短い幸福〜   作:えびふぉねら

153 / 181
番外編 セラの旅
1話 双子の兄妹


 ラナスの旅路は、まだ終わっていなかった。

 

 空は青く澄み、吹き抜ける風が街路樹の葉を揺らし、さらさらと透き通る音を響かせていた。

 

 とある小さな街。

 

 旅人のローブを纏った少女――セラは、街角のカフェのテラス席に腰を下ろしていた。

 

「……ふぅ」

 

 彼女は一息つき、フードを脱いだ。長い白髪が絹糸のようにふわりと肩に広がる。

 白銀色の瞳が捉えるのは、行き交う人々とはしゃぐ子供たち。平凡な石畳の街並みだが、陽光が染み込む光景はどこか懐かしく温かい。

 

 店の主人が運んできたティラミスの皿が、目の前のテーブルにそっと置かれた。

 甘く香ばしい匂いが鼻をくすぐり、セラは思わず笑みをこぼす。

 

「……本当においしい」

 

 スプーンでティラミスを口に運ぶと、ふわりと溶ける口どけと、ほろ苦いココアの風味に目を細めた。

 父と母が愛したこの菓子は、セラの旅の楽しみの一つだった。一口すくうたび、遠い記憶に触れるような気がする。

 

 甘さの中にほのかな寂しさが混じる。セラはふと空を見上げた。

 

「……お父様」

 

 雲一つない青空。その彼方に、かつて世界を守った「銀灰の守護者」が彼女を見守っている気がした。

 

 休憩を終えると、セラは席を立ち、支払いを済ませて歩き出した。

 

 

   * * *

 

 

 街道を進む道すがら、セラは前方に気配を感じた。

 視線を上げると、若い二人の人影が道の中央に佇んでいた。

 

 一人は短髪で屈強な体格の青年。銀の鎧に身を包み、真剣な表情を浮かべている。

 もう一人は柔らかな微笑みをたたえた少女。長い髪を三つ編みに束ね、白いローブを纏った姿は、幼さの中に聖女のような神聖さを漂わせていた。

 

 金色の髪、エメラルドグリーンの瞳、瓜二つの顔立ち――双子であることは一目瞭然だった。

 

 青年が一歩進み出て、二人揃って跪き、深々と頭を下げた。

 

「女神セラ様。ようやくお会いできました」

 

 低く落ち着いた声に、セラは目を丸くしながらも穏やかに問いかける。

 

「あなたたちは……?」

 

 頭を下げたままの青年が名乗った。

 

「私は聖堂騎士アルズ。こちらは私の妹、聖女ナディアです」

 

 ナディアが静かに言葉を継ぐ。

 

「十年前、わたしたちはシード様に救われました。あの方の命を懸けた救いが、今のわたしたちの命です」

 

 父の名を聞き、セラの心に小さな波が立った。

 

「……お父様に?」

 

 アルズは力強く頷き、続けた。

 

「あの日、教会の足場が崩れ、私たちは下敷きになりかけていました。シード様が身を挺して守ってくださったのです」

 

 ナディアの瞳に涙が滲む。

 

「シード様の最期を……この目で見ました。だからこそ、今、こうしてあなた様のもとへ参りました」

 

 セラは目を伏せ、二人の言葉を胸に刻むように受け止めた。

 そして膝をつき、跪く二人をそっと抱き寄せる。

 

「ありがとう……。お父様を看取ってくれて」

 

 セラの温かな声に、双子の目から大粒の涙が溢れた。

 ナディアが嗚咽を漏らし、アルズが拳を握り締める。

 

「私たちの命は、セラ様のためにあります……!」

 

「どうか、お供を許してください!」

 

 震える声で、まっすぐに訴える二人。

 セラは彼らの真摯な想いに、しばし言葉を失った。

 

 ――お父様。

 あなたが命を賭して救った人たちが、今、こうして私の前にいる。

 あなたの行いは決して無駄ではなかった。命は繋がり、出会いとなる。

 

 あなたを追いかけると決めた旅の始まり。

 今、想いを共にする者がここにいる――。

 

 セラは瞳を閉じ、ゆっくりと息を吸い込む。

 胸に宿るのは温もりと誓い。そして、彼女の決意。

 

「顔を上げてください」

 

 セラの言葉に、双子は顔を上げた。彼女は二人の頬の涙をそっと拭い、問いかける。

 

「私の旅は長く、危険を伴います。それでも……本当にいいのですか?」

 

 アルズとナディアは迷いのない瞳で彼女を見つめ、声を揃えた。

 

「はい!」

 

 その力強い返答に、セラは温かな笑みを浮かべて頷いた。

 

 

   * * *

   

   

 こうして、銀灰の守護者の娘――セラの旅に、新たな仲間が加わった。

 それぞれの思いを胸に、未来へと歩を進める。

 

 夕暮れの街道を進む三つの影が、長く並んで伸びていく。空には夜の帳が降り始めていた。

 セラの白銀色の瞳は前を見据え、心の中で呟く。

 

(お父様……私はまだ弱いけれど、この旅で、あなたの遺した思いを知りたい。そして、この世界に希望を届けたい)

 

 その誓いはラナスの空へ溶けるように広がり、足元に小さな白い花がそっと咲いた。

 

 旅路は続く。だが、セラはもう独りではない。

 ラナスの風が頬を穏やかに撫で、遠くから精霊のささやきが響く。三人の旅を見守るように。

 

 遺された想いと、新たに芽吹く絆を胸に、セラは明日へと歩き出す。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。