冷酷死霊術師とわがまま女神のリスタート 〜殺し合いの因縁を超えた先の、あまりにも短い幸福〜 作:えびふぉねら
1話 双子の兄妹
ラナスの旅路は、まだ終わっていなかった。
空は青く澄み、吹き抜ける風が街路樹の葉を揺らし、さらさらと透き通る音を響かせていた。
とある小さな街。
旅人のローブを纏った少女――セラは、街角のカフェのテラス席に腰を下ろしていた。
「……ふぅ」
彼女は一息つき、フードを脱いだ。長い白髪が絹糸のようにふわりと肩に広がる。
白銀色の瞳が捉えるのは、行き交う人々とはしゃぐ子供たち。平凡な石畳の街並みだが、陽光が染み込む光景はどこか懐かしく温かい。
店の主人が運んできたティラミスの皿が、目の前のテーブルにそっと置かれた。
甘く香ばしい匂いが鼻をくすぐり、セラは思わず笑みをこぼす。
「……本当においしい」
スプーンでティラミスを口に運ぶと、ふわりと溶ける口どけと、ほろ苦いココアの風味に目を細めた。
父と母が愛したこの菓子は、セラの旅の楽しみの一つだった。一口すくうたび、遠い記憶に触れるような気がする。
甘さの中にほのかな寂しさが混じる。セラはふと空を見上げた。
「……お父様」
雲一つない青空。その彼方に、かつて世界を守った「銀灰の守護者」が彼女を見守っている気がした。
休憩を終えると、セラは席を立ち、支払いを済ませて歩き出した。
* * *
街道を進む道すがら、セラは前方に気配を感じた。
視線を上げると、若い二人の人影が道の中央に佇んでいた。
一人は短髪で屈強な体格の青年。銀の鎧に身を包み、真剣な表情を浮かべている。
もう一人は柔らかな微笑みをたたえた少女。長い髪を三つ編みに束ね、白いローブを纏った姿は、幼さの中に聖女のような神聖さを漂わせていた。
金色の髪、エメラルドグリーンの瞳、瓜二つの顔立ち――双子であることは一目瞭然だった。
青年が一歩進み出て、二人揃って跪き、深々と頭を下げた。
「女神セラ様。ようやくお会いできました」
低く落ち着いた声に、セラは目を丸くしながらも穏やかに問いかける。
「あなたたちは……?」
頭を下げたままの青年が名乗った。
「私は聖堂騎士アルズ。こちらは私の妹、聖女ナディアです」
ナディアが静かに言葉を継ぐ。
「十年前、わたしたちはシード様に救われました。あの方の命を懸けた救いが、今のわたしたちの命です」
父の名を聞き、セラの心に小さな波が立った。
「……お父様に?」
アルズは力強く頷き、続けた。
「あの日、教会の足場が崩れ、私たちは下敷きになりかけていました。シード様が身を挺して守ってくださったのです」
ナディアの瞳に涙が滲む。
「シード様の最期を……この目で見ました。だからこそ、今、こうしてあなた様のもとへ参りました」
セラは目を伏せ、二人の言葉を胸に刻むように受け止めた。
そして膝をつき、跪く二人をそっと抱き寄せる。
「ありがとう……。お父様を看取ってくれて」
セラの温かな声に、双子の目から大粒の涙が溢れた。
ナディアが嗚咽を漏らし、アルズが拳を握り締める。
「私たちの命は、セラ様のためにあります……!」
「どうか、お供を許してください!」
震える声で、まっすぐに訴える二人。
セラは彼らの真摯な想いに、しばし言葉を失った。
――お父様。
あなたが命を賭して救った人たちが、今、こうして私の前にいる。
あなたの行いは決して無駄ではなかった。命は繋がり、出会いとなる。
あなたを追いかけると決めた旅の始まり。
今、想いを共にする者がここにいる――。
セラは瞳を閉じ、ゆっくりと息を吸い込む。
胸に宿るのは温もりと誓い。そして、彼女の決意。
「顔を上げてください」
セラの言葉に、双子は顔を上げた。彼女は二人の頬の涙をそっと拭い、問いかける。
「私の旅は長く、危険を伴います。それでも……本当にいいのですか?」
アルズとナディアは迷いのない瞳で彼女を見つめ、声を揃えた。
「はい!」
その力強い返答に、セラは温かな笑みを浮かべて頷いた。
* * *
こうして、銀灰の守護者の娘――セラの旅に、新たな仲間が加わった。
それぞれの思いを胸に、未来へと歩を進める。
夕暮れの街道を進む三つの影が、長く並んで伸びていく。空には夜の帳が降り始めていた。
セラの白銀色の瞳は前を見据え、心の中で呟く。
(お父様……私はまだ弱いけれど、この旅で、あなたの遺した思いを知りたい。そして、この世界に希望を届けたい)
その誓いはラナスの空へ溶けるように広がり、足元に小さな白い花がそっと咲いた。
旅路は続く。だが、セラはもう独りではない。
ラナスの風が頬を穏やかに撫で、遠くから精霊のささやきが響く。三人の旅を見守るように。
遺された想いと、新たに芽吹く絆を胸に、セラは明日へと歩き出す。