冷酷死霊術師とわがまま女神のリスタート 〜殺し合いの因縁を超えた先の、あまりにも短い幸福〜 作:えびふぉねら
セラ、アルズ、ナディアの三人は、ラナスの大国にある壮大な図書館を訪れていた。
その建物は石造りのアーチが連なり、天井まで届く本棚が立ち並んでいた。静謐な空間に、ページをめくる音と控えめな足音だけが響いていた。
セラは一冊の厚い神話の書を手に取り、閲覧室の窓際の席に腰を下ろした。
日の光が淡く差し込む中、彼女は静かにページをめくり始めた。
「『死と恐怖の神』……?」
セラの手がぴたりと止まる。
それは、女神ラナスオルが滅び、再誕するまでの約一万年間にわたるラナスの歴史を記した章だった。
挿絵には、死霊を引き連れた死神のような姿の神が描かれている。鎌のような形状の武器を携え、その周囲を無数の霊魂が取り巻いていた。
セラの胸に、言い知れない違和感が生じる。
「かつてお母様が滅び……再誕するまで、お父様がラナスを守っていたと聞いていたけれど……」
視線を挿絵に戻し、セラは小さく息を呑んだ。
「この……『死と恐怖の神』が、お父様……?」
彼女の胸の奥に疑念が芽生える。
ページをめくる手は止まることなく、次々と内容を追い続けた。
その記述は、圧倒的な力を持つ異形の神がラナスを支配し、神界からの敵を皆殺しにし、その魂を死霊術で永遠に縛り続けたと伝えていた。
セラの手が震える。
彼女が知る父――「銀灰の守護者」と呼ばれたシードとは、あまりにも違う姿だった。
「……これが……本当にお父様……?」
銀色の瞳が揺れ動く。
さらにページを進めると、「粛清の青き炎」という見出しが目に飛び込んできた。
そこには、人間に紛れた「神と人の子」を滅ぼすため、罪のない人々を巻き込み、街ごと焼き払った粛清の出来事が描かれていた。
「そんな……」
セラの喉がかすかに震えた。
母ラナスオルから聞かされていたのは、父がどれほど強く、ラナスの民を守ったかという話ばかりだった。
しかし、この記述が真実だとするならば、父は神々だけでなく、無辜の命をもその炎で奪っていたことになる。
胸が押しつぶされるような思いが押し寄せる。
目の前に広がる文字の一つ一つが、鋭い刃となって彼女の心を傷つけた。
「こんなの……嘘です!」
セラは思わず声を張り上げ、手にしていた神話の書を力強く閉じた。
その音が静かな閲覧室に響き渡る。
「セラ様、どうなさいましたか?」
驚いたアルズが心配そうに問いかけた。
セラは震える声を隠しながら立ち上がり、神話の書を本棚に戻した。
「……大丈夫、なんでもありません」
しかし、彼女の銀色の瞳は未だ動揺の色に揺れ続けていた。
* * *
図書館を後にした三人は、夕暮れの街道を歩いていた。
ナディアがそっとセラの横顔を覗き込む。
「セラ様、本当に大丈夫ですか……?」
セラは少し微笑みながら答えた。
「ありがとう、ナディア。大丈夫です。ただ……少しだけ考えたいことができました」
ナディアは納得したように頷き、再びアルズと談笑し始めた。
セラは、静かに空を見上げた。
「お父様……あなたは本当はどんな方だったのですか……?」
彼女の心には、これまで信じてきた「父」と、神話に記された「死と恐怖の神」という二つの姿が交錯していた。
その答えを見つけるための旅が、彼女にとって新たな試練となることを、セラは直感していた。
どこかで風が吹き、彼女の白い髪を揺らす。
それは、まるで父シードがそっと背中を押してくれているような、優しい感触だった。
彼女はその風に向かって静かに言葉を紡いだ。
「真実を……見つけてみせます」
そして三人はまた新たな道を歩き出した。
その先に待つ真実を知らぬまま、希望を胸に抱いて――。