冷酷死霊術師とわがまま女神のリスタート 〜殺し合いの因縁を超えた先の、あまりにも短い幸福〜 作:えびふぉねら
月が仄かに照らす夜道。ラナスオルは、コンビニバイトの帰り道を歩いていた。
その足取りはどこか軽やかで、彼女自身が夜の静けさを楽しんでいるように見えた。
神の力を使わず、ただの一人間として働く日常。
それは女神である彼女にとって、奇妙でありながらも新鮮な体験だった。
今日も無事に仕事を終え、ささやかな満足感とともに岐路につこうとしていた――その時だった。
暗がりから、不穏な気配が滲み出す。
彼女に目をつけた数人の男たちが路地の影から姿を現していた。
目つきの悪い男が下品な笑みを浮かべ、ラナスオルに近づいていく。
「おネエちゃん、一人で夜道なんて危ないぜ?」
男の一人がラナスオルの前方に回り込み、行く手を塞いだ。
他の男たちも彼女を取り囲むように位置を取ると、口角を吊り上げ品のない笑い声を漏らした。
「なぁ〜、俺っちと一緒に楽しいことしようやぁ?」
彼らの声には明らかな悪意が滲んでいる。
ラナスオルがきょろきょろと彼らを見渡していると、男たちはいやらしい手つきを見せながらじりじりと距離を詰めてくる。
「楽しいこととは、どんなことだ?」
ラナスオルはまるで危機感を覚えていないかのように、首をかしげて問い返した。
紫の瞳には一片の恐れも宿っていない。
ただ純粋な好奇心だけが静かに揺れている。
その反応に、男たちはますます調子づいたように顔を見合わせた。
「ついてきたらわかるって!」
男の一人がニヤつきながら手を伸ばしかけた――その瞬間。
「なるほど……楽しいことなら、私の知り合いも誘いたいな」
ラナスオルは無邪気な声でそう言うと、ポケットからスマホを取り出そうとした。
しかし、それを見た男たちの顔色が一変する。
「余計なことしてんじゃねぇ!!」
怒声と共に、男たちは一斉にラナスオルに襲いかかってきた。
本来なら、この時点で叫び声を上げるはずだ。
しかし、なおも余裕の表情を見せる彼女に、何かがおかしい――彼らの本能がそう警鐘を鳴らしていたが、その理由を理解する暇はなかった。
「――無礼だな」
彼らは、神の逆鱗に触れた。
ラナスオルは瞬時に態勢を整え、右手に力を込める。
拳に宿るは、破壊の権能――セヴァスト。
微かな脈動とともに、目にも止まらぬ渾身の一撃が繰り出される。
その動作は一瞬で、拳から放たれた不可視の衝撃波で男たちは紙くずのように吹き飛んだ。
「うわあああっ!!」
壁や電柱に叩きつけられ、骨の軋むような嫌な音が響く。
男たちは全員、その場で痙攣し動かなくなった。
「楽しいこと、というのは、格闘ゲームごっこという意味だったのか」
ラナスオルは拳を軽く握り直しながら、ふっと息を吹きかけた。
「……少々やりすぎてしまったな」
気絶した男たちを一瞥すると、服についた埃を払いながら、ラナスオルは再び夜道を歩き始めた。
(やはり私は、この世界でも力を使わずに生きるのは難しいのかもしれないな)
――力を振るえば、すべてが解決する。
神である以上、その力を使うことに迷いはなかった。
だが、今の彼女は人として生きてみたいと願っていた。
「……まあ、悪人ならば仕方あるまい」
言い聞かせるように呟き、ラナスオルは踵を返した。
ポケットにスマホをしまい、静かに夜道を歩き始める。
月明かりが彼女の足元を淡く照らす中、彼女は少しだけ早足になった。
ラナスオルがその場を去った後、無様に転がる男たちの周囲には、偶然居合わせた通行人たちが驚きと恐怖の入り混じった表情で立ち尽くしていた。
「なんだったんだ、あの人……?」
「女の人、だよな? いや、なんか……ヤバいもん見たな……」
ざわつく通行人たちをよそに、ラナスオルは気にする様子もなく夜道を歩き続けた。
静かな足音と共に、月光に照らされたポニーテールの長い白髪が闇を梳くように揺れる。
彼女の姿が見えなくなる頃には、夜の静寂が再び戻っていた――。