冷酷死霊術師とわがまま女神のリスタート 〜殺し合いの因縁を超えた先の、あまりにも短い幸福〜 作:えびふぉねら
果ての大地――。
そこはかつて、セラの父シードが「神を喰らう者」と相対し、最後の戦いを繰り広げた場所だった。
大地には今もその爪痕が深々と刻まれ、瓦礫と崩れ落ちた石壁の残骸が無惨に転がっている。空は曇りに閉ざされ、風さえ吹かない。
命あるものが寄りつくことを拒むかのように、辺り一帯には荒涼とした沈黙が漂っていた。
ひとたび足を踏み入れれば、空気は乾ききっていて、喉の奥がひりつく。かつて街があったはずの痕跡も、今は黒ずんだ瓦礫の山に変わり果てていた。
倒壊した柱が骨のように突き出し、砕け散った石畳はまるで大地が泣き叫んだ証のように無残に裂けている。
三人と一人は、その荒れ果てた地に足を止め、ただ黙然と立ち尽くした。
「……何も、ありませんね」
アルズが低く呟く。その目は油断なく周囲を巡っていたが、その声の奥には恐怖と困惑が混じっていた。
「静かすぎて……不気味です」
ナディアもまた、か細い声で続けた。彼女の小さな手は震えていて、それを隠すように胸の前で組んでいる。
セラは、荒廃の気配に心を締め付けられながらも、目を閉じて風の精霊に呼びかけた。けれど、返ってくるべき声はなかった。普段ならささやくように届く自然の声が、この地では一切、沈黙を守っている。
「……精霊たちの声すら聞こえません」
彼女の白銀の瞳が揺れる。
「この地は……すべての命が絶たれてしまったのでしょうか」
その言葉は大地に吸い込まれるように消えていった。けれどセラの眼差しには、絶望ではなく、父の痕跡を求め続ける揺るがぬ決意が宿っていた。
「何か手がかりがあるはずよ。……手分けして探しましょう」
クレアが静かに口を開いた。その声音は落ち着いていたが、赤い瞳の奥に熱が灯っているようにも見えた。
アルズが頷き、双子の妹へ視線を送る。
「オレとナディアであっちを見てきます」
「はい……気をつけて」
セラは二人を見送り、クレアと共に別の方向へ進んだ。
* * *
崩れた瓦礫の間を慎重に歩みながら、セラとクレアは黙々と探索を続けた。足を踏み出すたび、砂混じりの石がざらりと音を立て、空気は乾いた灰の匂いを漂わせている。
ふと視界が開け、瓦礫の間から広い空間が現れる。かつては広場であったのか、あるいは神殿の中枢だったのか――今ではただ、冷えた石と崩壊の名残が残るのみだった。
その時、クレアがふいに足を止めた。
「……クレア?」
セラが不安げに呼びかける。
「何か……見つけたの?」
だがクレアは振り返らず、肩を震わせて低く呟いた。
「……セラ様。私……もう、我慢できないの」
「え?」
セラが困惑するより早く、クレアは勢いよく振り返り、その紅の瞳を妖しく輝かせた。
次の瞬間、鋭い痛みが走る。
クレアの口元から伸びた牙が、セラの腕へ深々と突き立ったのだ。
「きゃあっ……! クレア!? 何を……!」
悲鳴と共に鮮血がほとばしり、乾いた空気を濡らすように弧を描いた。
セラは衝撃に駆られ、反射的にクレアを振り払う。よろめきながら後退すると、彼女の腕には赤い痕が生々しく刻まれていた。
だが――クレアの表情は狂気に満ちていた。
唇を赤く染め、その舌で滴る血を舐め取る。その仕草はあまりにも人ならざるものだった。
「はぁ……はぁ……これよ。これ……この味……」
肩を震わせながら、恍惚とした声を漏らす。
「異形の神の血……なんて最高なのかしら……!」
紅玉のような瞳が妖しく光り、狂気の炎に揺らめいている。
「クレア……あなたは……一体、何者なの?」
セラの声は震えていた。恐怖と裏切りの痛みが入り混じり、胸を押し潰す。
クレアは答えない。ただ狂気じみた笑みを深め、一歩、また一歩と近づいてくる。その足取りは迷いなく、捕食者が獲物へ迫るようなものだった。
やがて彼女の身体から黒い炎が噴き出した。煙のようにたなびきながら、空気を汚し、荒野の静寂すら押し潰していく。
邪悪な気配はもう隠すつもりなどない。むしろ解き放たれた本性が、この地を覆い尽くそうとしていた。