冷酷死霊術師とわがまま女神のリスタート 〜殺し合いの因縁を超えた先の、あまりにも短い幸福〜 作:えびふぉねら
カジュアルなシャツにジーンズ姿のシードは、椋実公園のベンチに腰を下ろし、束の間の休息を楽しんでいた。
午前の陽の光が彼の銀髪を柔らかく照らす。普段の冷徹な佇まいとは裏腹に、ただ静かに休日を享受する青年の姿に見えた。
澄んだ空気が鼻をくすぐり、風に乗って漂う樹木の香りが心地よい。
脚を組みながら、遠くに響く子供達の無邪気な声に耳を傾ける。
仕事から解放されたひととき。
しかし、その静けさも長くは続かなかった。
「おぬし……呪われておるな!」
突如重々しい声が響く。
シードはゆっくりと顔を上げた。
そこには法衣を纏った中年の男性――寺の住職らしき人物が立っていた。
額には深く刻まれた皺、鋭く光る眼差しには確信と畏れが見え隠れしている。
彼の言葉にシードは一瞬眉をひそめたが、すぐに平静を装ったまま男性を見返した。
住職の視線は、シードそのものではなく、彼の背後……否、彼を取り巻く不可視の存在に注がれている。
恐らく、住職には彼に纏わりつく死霊たちの気配が見えていたのだろう。
死霊術師である彼にとってラナスでは日常のことであり、さほど驚くことではなかった。
だが、住職の顔は真剣そのものだった。
「すぐに祓わねば、命に関わるぞ!」
住職はそう叫び、躊躇なくシードの腕を掴んだ。
力強い手は僅かに震えていたが、使命感が恐怖を押し込めているのがわかる。
「……やれやれ。せっかくの休日だったのですが」
彼は内心ため息をつきつつ、渋々従った。
拒否しても良かったが、休日をこれ以上厄介なことで荒立てたくなかったのだ。
それに、多少の好奇心もあった。
この世界の神聖な力が、死霊術師たる自分にどこまで耐えうるのか――。
* * *
住職に引きずられるようにして寺の境内へ足を踏み入れた瞬間、異変は起こった。
「なんと……!?」
柱や壁に貼られていた無数の降魔札が、一つ、また一つと次々に燃え上がり始めたのだ。
札が一瞬で灰と化す程の苛烈なる炎。
まるで、浄化の力が彼の存在に耐え切れず焼き尽くされているかのようだった。
朱色の炎が舐め尽くし、寺全体に火の手が広がっていく。
その様子を目の当たりにした住職は呆然と立ち尽くしていた。
「な……なぜ……?」
住職の声が震える。その表情は先ほどまでの威勢とは一転し、恐怖と混乱に染まっていた。
彼の脳裏には、ある疑念が浮かんでいた。
――この男は本当に人間なのか……?
「ふむ、随分と熱心に貼られた札のようですが、どうやら僕とは相性が悪いらしいですね」
シードは燃え上がる札を眺めながら、まるで他人事のように呟いた。
その一言で住職は我に返ると、慌てて両手を合わせ必死に念仏を唱え始めた。
「悪霊め! この寺から出ていけ! 二度と近寄るでない!」
――悪霊。
そう呼ばれることには慣れていた。
むしろ、その忌まわしき言葉の方がしっくりくることを、シード自身がよく知っていた。
「お気遣いありがとうございます。ですが、僕に害意がないことくらいは理解していただきたいものですが」
シードは淡々とそう告げると、住職を一瞥し境内から立ち去った。
住職は震える手で塩を撒き散らしながら、シードを追い払うような仕草を続けていた。
寺を出た彼は一度だけ後ろを振り返り、塩を撒き続ける住職を見やった。
その必死の形相を見て、彼は面倒くさそうに小さなため息を漏らす。
「穏やかな休日を過ごすつもりが、何とも馬鹿げた騒ぎだ……」
呆れたように呟くと、シードは再び歩き始めた。
* * *
夜になっても、寺の炎の残り香はシードの服に微かに染みついていた。
公園に戻る気にはなれなかったが、月明かりが静かに照らす道は妙に落ち着く。
シードはふと小さく笑みを浮かべた。
(この世界でも僕は異物……いや、当然か)
死霊術師は、死とともに在るもの。
たとえ平穏な顔を装ったとしても、存在そのものが「死」を帯びていることに変わりはない。
力の極致を求めた果てに、死を超え、「無」を越えた先に辿り着いたこの世界。
その意味が何であれ、今はただこの奇妙な日常を続けるしかなかった。
彼は目を閉じ、束の間の静けさを噛みしめた。
夜風に揺れる木々のざわめきを聞きながら、静かに帰路を辿る。
「次こそは、もう少し平和な場所を探すとしよう……」
そんな独り言が、彼の休日の最後の余韻となった。