冷酷死霊術師とわがまま女神のリスタート 〜殺し合いの因縁を超えた先の、あまりにも短い幸福〜 作:えびふぉねら
「ううっ……お母様……」
静かに涙が頬を伝う。セラの唇から漏れたのは、無意識の呟きだった。
ナディアを失い、全てを奪われる絶望の中で、彼女が求めたのは母の温もり。しかし、こんな声を上げたところで、誰も助けてはくれない。
「こんな時に泣き言? あなたもまだまだガキね」
冷酷な声が頭上から響く。見上げると、花の鎖から抜け出したグレナシアが歪んだ笑みを浮かべ、血のように赤い瞳が残忍に輝いていた。
「女神に助けを呼んでも無駄よ。この果ての大地はすでに隔離空間。外側からの感知も干渉も一切不可能」
グレナシアの声と共に、空全体を覆う漆黒の結界が薄らと揺れる。セラたちは、閉ざされた牢獄のような空間内で窮地に立たされていた。
「ちくしょおおお!!」
突然、アルズが怒りに突き動かされるように剣を振りかぶり、グレナシアに向かって突進した。怒号とともに迷いなき一閃を叩き込もうとする。
「無駄だって言ってるでしょ」
ふわりと宙に浮かんだグレナシアは、金髪を揺らし冷ややかに笑いながらアルズの攻撃を軽やかに躱した。
「あなたたちは旅の中でいっさい敵を殺さなかった。ただ浄化するだけだったわね?」
挑発するような声が響いた。空中で静止したまま優雅に脚を組み、冷たく輝く真紅の瞳がアルズを捉えている。
「そんな甘ちゃんが、余を殺せると思う?」
セラの胸が締め付けられた。
アルズの攻撃は届かない。怒りに駆られても、彼は無力だった。
「アルズ……戦ってはだめ……あなたまで失ったら……私は……」
セラは地面に崩れ落ちた。涙を流しながらアルズに手を伸ばすが、その手は虚空を彷徨う。
「雑魚のくせに生きがって。人間てほんっと汚らわしいわ」
グレナシアの低い声とともに、漆黒の炎がアルズに襲いかかる。
ナディアの命を貫いた真紅の閃光が立て続けに放たれ、彼の銀の鎧を次々と穿ち、血が吹き出していく。
「いや……アルズ……やめて……!」
身体が揺れ、鮮血に染まりながらも、アルズは剣を離さなかった。
「セラ様! 立ってください!」
炎の中から、アルズの張り裂けるような声が響いた。
「ここで諦めたら……あなたの旅は……あなたのお父上は、なんのために死んだんですか!」
――お父様。
セラの中で微かな灯がともる。彼の叫びがセラの心を揺さぶる。
「お父様は……ラナスを……人々を守るために……」
セラは掠れる声で答えた。
「そうです! 思い出してください……あなたは……ラナスを守りし神――銀灰の守護者シード様の娘、女神セラ様です!」
アルズの言葉が、魂に突き刺さるようにセラの胸に深く響いた。
ナディアを失った痛みを抱えているのはアルズのはずだ。それなのに、彼は自分を奮い立たせ、戦っている――。
(私がこんなことでどうするの……)
母ラナスオルから語られた言葉。
旅の中で知った父の姿。
彼がどんな道を歩み、どれほどの覚悟を背負っていたのか。
今こそ、それを自分の意志で選び取る時だった。
セラは、そっと瞳を閉じた。
「ありがとう、アルズ……私は……戦います!」
セラが立ち上がると、その身体から眩い銀色の光が放たれた。光は美しい白い花となり、幾重にも重なってグレナシアを絡め取った。
再び蘇る花の鎖が漆黒の炎を押し返していく。
さらに、空中を舞う花粉のような光がアルズの傷を癒し、彼の身体に力を湧き上がらせる。
「くっ……そんなっ……」
花の鎖に締め上げられたグレナシアの身体に、細かなひびが走り始めた。
「セラ様……!」
アルズが驚きと希望の眼差しでセラを見つめた。
セラは両手を広げ、浄化の力をさらに注ぎ込む。銀色の光はますます強く輝き、グレナシアの漆黒の炎を打ち消しながら、その本体を浄化していく。
「ぐああああっ!!!」
グレナシアが苦しげな呻き声をあげ、力を失ったかのようにぐらついた。
セラの銀色の瞳には涙が浮かんでいた。しかし、その中には迷いを振り払った強い決意が宿っていた。
「あなたを赦すことはできません……」
静かな怒りと悲しみを込めた声で、セラは最後の力を注ぎ込んだ。花々が一斉に輝きを増し、グレナシアの存在を光の中へと飲み込んでいった。