冷酷死霊術師とわがまま女神のリスタート 〜殺し合いの因縁を超えた先の、あまりにも短い幸福〜 作:えびふぉねら
「なぜ……だ……余は……最強……」
青白い炎に包まれるグレナシアの声は掠れ、真紅の瞳から力が失われつつあった。
もはや、抗うことすら叶わない。彼女の肉体は剥がれ落ち、神としての絶対的な力が消え去ろうとしていた。
燃え尽きる寸前の彼女を冷徹に見下ろしながら、シードは淡々と語る。
「……そうだ。確かにあなたは最強の神だった」
その言葉に、グレナシアの目が僅かに開く。
「なら……どうして……」
消え入るような声で紡がれる彼女の問いには、敗北を認めざるを得ない絶望が滲んでいた。
「僕は結局、力にすがることでしか自分を肯定できなかった」
彼の声音は、自嘲を含みながらも吸い込まれるように冷たく響く。
「背負った罪から目を逸らすために、ただ力を振るい続ける……それ以外の生き方を選べなかった」
シードは静かに、自らの両手を見つめる。そこにはまだ、青白い魔力の残滓が燻っていた。
「異形の力に飲まれ、守るべきものですら……この手で何もかも討ち滅ぼした。僕は……終わりをもたらすことしかできない『死と恐怖の神』だ」
氷のような冷たい余韻を残し、沈黙が落ちる。
彼の銀色の瞳はただ虚空を見据えていた。
グレナシアの身体に燻る焔の音だけが、荒れ果てた地を支配した。
「違います!」
その静寂を切り裂いたのは、アルズの叫びだった。
「シード様は……オレとナディアを救ってくれました! 命を懸けて! あなたは死と恐怖の神なんかじゃありません!」
その言葉に、シードは振り返ることすらしなかった。
「それは、贖罪のためだ……」
低く、静かに語られる彼の声は、底知れぬ虚無を孕んでいた。
握りしめられたアルズの拳は震えている。
「僕は君たちの両親を奪った。その罪も、人々の憎悪も、僕自身を苛む終わりなき後悔も……僕の死と共に終わる。そう思ってしたことだ」
「違う……違うんだ……それでも、あの時のあなたは……ひとりの人間として、オレたちを愛してくれた……」
アルズの声は悲しみともつかぬ想いに震えていたが、そこには確かな信念が込められていた。彼の熱のこもった言葉を僅かに受け止めるように、シードは目を伏せる。
その時――
ずっと沈黙を守っていたセラが、ゆっくりと前に出た。
「お父様……あなたは愚かです」
シードは僅かに眉を動かした。その言葉は、彼が生前に幾度もラナスオルから向けられた記憶を思い出させたのだ。
「愚か……か。彼女の口から何度聞かされたことだろう」
シードは微かに笑みを浮かべ、遠い過去に目を細める。
しかし、セラの言葉はそこで終わらなかった。
「お母様に代わって私がお説教します……!」
セラは震える声を押し殺しながらも、力強く父へと向き直る。
「あなたは……何もわかっていません!」
涙を浮かべながら、彼女は声を張り上げた。
「たとえ罪を背負ったとしても、傷つけた命の重さと向き合い続けることが贖罪です! 諦めたら、それは『逃げ』です! お父様の言っていることは、残された者たちへの裏切りです!」
固く閉ざされたシードの内に、何かが突き刺ささるようだった。
セラの銀色の瞳には、熱い涙が溢れていた。
「お父様は、このラナスの世界でどれだけの人々を救ったのですか! 罪を重ねたからこそ、同じだけの命を守ったのではありませんか!? ……その守られた命は……無意味だとでも言うのですか……!?」
セラの魂を振り絞るような訴えは、まるでかつてのラナスオルを思わせるようで、彼の胸の奥底へ深く響いていく。
強く、揺るぎなく――そして、彼の冷徹な心を震わせるものだった。
長い沈黙の果てに――
「……セラ」
その時、彼は初めて娘の名を呼んだ。
彼の表情からは異形の神としての冷酷さが消え去っていく。
そこにあるのは、ただひとりの父の姿だった。