冷酷死霊術師とわがまま女神のリスタート 〜殺し合いの因縁を超えた先の、あまりにも短い幸福〜 作:えびふぉねら
「やれやれ……恐妻のお出ましですか」
シードは気まずそうに微笑みながら、目の前のラナスオルを見つめた。その声は軽く冗談めかしていたが、どこか弱々しさが滲んでいた。
「なんだと! 君にそんなことを言われる筋合いは……」
ラナスオルは思わず反論しようとしたが、その視線がアルズの悲痛な表情を捉えた瞬間、彼女は言葉を飲み込んだ。
「なぜ君がそんな姿でいるのか……今は訊かないでおこう。一体ここで何があった? なぜ彼女が……」
ラナスオルの紫色の瞳が、地面に横たわるナディアの亡骸に向けられる。彼女の紡ぐ痛々しい声には、深い悲しみがこもっていた。
「神喰らいの神グレナシアが……妹を……」
アルズは拳を握りしめ、言葉を搾り出した。
その声はどうしようもない悲しみで震えていた。
「グレナシアだと!? 奴は滅びたはず……!」
かつて戦い、倒したはずの敵の名を耳にしたラナスオルの表情に驚愕の色が浮かぶ。
「あの時の……僕の詰めが甘かったのです」
シードが自嘲めいた響きを含ませながら答えた。彼は、冷たくなったナディアの亡骸を一瞥すると、目を伏せながら続ける。
「糾弾はいくらでも受けるつもりです。しかし、もうあまり時間がない」
「え……?」
その言葉に不安を覚えたセラが、彼を見上げ掠れた声を溢した。
まるで、目の前の父が今にも消えてしまうような気がしたのだ。
「巻物の『奇跡』の力は、完全には発揮されていません」
シードは言葉に重みを乗せ語り始める。
「僕の魂の一部がグレナシアに喰われていたため、不完全な再生に終わったのです。巻物にはまだ力が残されています」
彼の言葉と同時に、セラの懐から巻物がふわりと浮かび上がる。それは金色の光を放ちながら、空中で静かに揺れていた。
「セラ。君の魔力をもう一度巻物に注ぎ、『奇跡』を発動させなさい。彼女を救うことができるのは、君だけだ」
そう告げた彼の姿が、薄らと揺れ始めた。魂だけの存在が、この世界から消え掛かっていた。
「お……父様……?」
セラは混乱した様子で呟いた。その銀色の瞳は戸惑いに揺れていた。
震える声が零れるが、後に続く言葉が喉の奥で止まる。
――何を言っているのですか?
――なぜ、そんなことを言うのですか?
その場にいた全員が、瞬時に悟った。
それが、父と娘の「永遠の別れ」を意味することを。
「シード様!」
会話を黙って聞いていたアルズが、突如声を張り上げた。
「その巻物は、あなたのためにこそ使うべきです! ……そのために、セラ様は旅をしてきたんです!」
アルズの声には、決意と言い知れぬ悲しみが混ざり合っていた。
彼の手は小刻みに震え、エメラルドグリーンの瞳には涙が滲んでいた。
「オレたちの命はセラ様のものです……セラ様を守れたなら……妹もきっと、それを望んでいるはずです!」
ナディアならきっとそう言ったはずだと、アルズは自分に言い聞かせる。
だが、アルズの脳裏に浮かぶのは――
かつて、誇らしげに笑った妹の姿だった。
「私も将来結婚したら、シード様みたいなかっこいい人のお嫁さんになる!」
あの時の、無邪気な声が蘇る。
(……ナディア……)
――もう一度会いたい。
――妹の夢を叶えたい。
しかしアルズには、それを口にすることはできなかった。
命の恩人――セラの大切な家族を天秤にかけることなどできるはずがない。
アルズは、心の中で揺れる気持ちを必死にこらえていた。
だが、その想いはシードにはすでに見透かされているのだろう。
彼は静かに、確かな意志を持ってアルズを見つめていた。
ただ、一つの決意を貫くように。