冷酷死霊術師とわがまま女神のリスタート 〜殺し合いの因縁を超えた先の、あまりにも短い幸福〜 作:えびふぉねら
アルズの涙の訴えを聞いたシードは、静かに目を伏せる。
彼の銀色の髪が風になびき、短い沈黙の後、低く落ち着いた声が響いた。
「少年よ、君の言葉はありがたい。だが、この巻物は僕のためのものではない」
彼の視線はアルズを捉え、徐に続ける。
「これは『命』を守るためのものだ。僕がそれを使うことは、僕が否定し続けてきた生き方と同じだ」
「でも……シード様っ……!」
アルズの声は、どうしようもない焦りと悲しみに震えていた。
シードはアルズを穏やかに制し、彼のエメラルドグリーンの瞳を見据える。
「……この巻物が宿す力は、君たちの旅路がもたらした絆の軌跡」
彼はそう語りながら、アルズの肩にそっと手を置いた。彼の深い感謝と、揺るぎない決意がアルズの胸に染み込んでいく。
アルズは、目の奥が熱くなるのを感じながら、その言葉を反芻する。
「絆の……軌跡……」
アルズは涙をこらえ、拳をぎゅっと握りしめた。
彼の脳裏に、セラとの旅の記憶が蘇る。
互いに支え合い、笑い合い、涙を流した日々。
その積み重ねが、この瞬間を導いたのだと――そう理解した。
「アルズ……お父様……」
セラは喉の奥から込み上げる、言いようのない感情を吐き出そうとした。
その時、会話を聞いていたラナスオルが一歩前に進み出た。
長い白髪が柔らかく揺れ、優しくセラの肩に手を置いた。
「セラ……わがままを言っても無駄だぞ。この男は、私が頼んだって聞きはしない……そうなんだろう?」
そう言ってシードに振り向いたラナスオルの紫の瞳には、微かな光が滲んでいた。
彼は短く息をつく。
そして穏やかな微笑を浮かべ、彼女の言葉を否定することなくその瞳を静かに見返した。
「バカ神め……君はいつだって、そうやって女の子を泣かせるんだ……!」
激情を押し殺していたラナスオルの声は、耐えきれずに震えていた。
愛する者を抱きしめたい、離したくない。けれど、母である自分がほんの少しでも弱さを見せたら、娘は耐えられないだろう――
そんな彼女の断腸の思いを感じ取ったセラの目からは、涙が次々とこぼれ落ちた。
「ラナスオル様……」
アルズも顔をくしゃくしゃにしながら、溢れ出る涙を抑えきれずに呟いた。
「さあ、愚かな父の最初で最後のお願いだ……聞いてやってくれ」
ラナスオルはそう言うと、セラの肩をぽんと叩き、背中を押した。
その声は、どこまでも優しく、どこまでも温かかった。
セラは目を瞑り、こくりと頷く。
「はい、お母様……」
セラは巻物を震える指先でなぞり始めた。
触れるたびに、涙が混ざった金色の光がさらに輝きを増していく。
その手を見つめるシードは、小さく頷いた。
ラナスオルが、そっとセラの手に自分の手を重ね、優しく囁く。
「いいんだよ、セラ。これでいい……」
ラナスオルの声は母の力強さを持ちながら、儚い余韻を残した。
セラの創造の力と巻物の金色の力が交じり合い、眩い光となって広がっていく。
「さようなら……お父様……」
涙ながらに零れ落ちたセラの言葉に、シードは優しく微笑み返し、静かに銀色の瞳を閉じた。
次の瞬間、巻物から光が溢れ出し、ナディアの亡骸を包み込む。
奇跡――それはただの魔法ではない。セラたちが紡いだ軌跡、そして命の輝きそのものだった。
大地に満ちる創造の力がナディアの肉体を修復し、その冷たかった身体が再び温もりを取り戻していく。
「お父様ぁっ!!」
巻物が灰となって消えゆく最中、セラは叫びながら光の中に手を伸ばした。
その手は、もう父の身体に触れることはなかった。