冷酷死霊術師とわがまま女神のリスタート 〜殺し合いの因縁を超えた先の、あまりにも短い幸福〜 作:えびふぉねら
駅近くのこぢんまりした居酒屋。
のれんをくぐると威勢の良い店員の掛け声が響き、香ばしい焼き鳥の匂いが鼻腔をくすぐる。
居心地の良い店内では、仕事帰りのサラリーマンや大学生たちがグラスを傾けて談笑していた。
しかし、その喧騒とは裏腹に、カウンターの端に座る二人の姿はどこか異質な存在感を放っている。
シードとラナスオル。
かつて命を賭して戦った女神と死霊術師は、今やカウンター席で並んでメニューを眺め、穏やかにくつろいでいる。
ラナスオルが小さな冷ややっこの皿を前に、首をかしげながら呟いた。
「シード、まずいことを聞くが……この『お通し』とやらは何だ?」
シードはグラスの水を一口含み、淡々と答える。
「お通しとは、店が最初に出してくれる小料理のことです。料金に含まれていますが、サービスの一環と考えていいでしょう」
その説明を聞いたラナスオルの眉が少し動いた。指を顎に当て、何か考え込むような仕草を見せる。
「ふむ……料金を取られると知りながらサービスというのはどうにも腑に落ちないが……まぁよかろう!」
すぐに気を取り直し、目の前に置かれた冷ややっこを一口すくい上げると、彼女の顔に満足そうな表情が広がった。
シードはその笑顔を冷静な目で見つめていた。
店内のざわめきに耳を傾けながら、ラナスオルは辺りをきょろきょろと見回す。
カウンター越しの店員の威勢の良い掛け声を聞き、彼女は感心したように呟いた。
「この庶民的な場所にはなかなかの趣があるな……あのように威勢の良い掛け声を飛ばす文化も悪くはない。今度、私も職場で『いらっしゃいませ』と叫んでみようか」
その発言に、シードは少しだけ呆れた表情を浮かべ、目を伏せて淡々と返した。
「……コンビニでそれはやめた方がよろしいかと」
シードは、コンビニの自動ドアが開くたびに女神の叫び声が炸裂する光景を想像し、軽く頭を押さえた。
「ふむ……なら、もう少し抑え気味に……」
ラナスオルは真剣な表情で何かを考え込んでいる。
どうやら彼女は「接客」という行為にそれなりのこだわりを持っているらしい。
二人は引き続きメニューを眺め、シードは「焼き鳥」を、ラナスオルは「日本酒」と「揚げ出し豆腐」を注文することに決めた。
やがて料理と酒が運ばれてくると、シードは軽く杯を持ち上げ、彼女に提案する。
「それでは、乾杯といきましょうか」
「乾杯か……良い響きだな」
二人はグラスを合わせ、店内の柔らかな灯りの中で酒を楽しんだ。
「これは……ほう、甘味と苦味が絶妙に絡み合っている。味わい深いものだな」
ラナスオルが酒を口に運んでいると、隣の席に座っていた初老の男性が彼女に声をかけてきた。
「お嬢さん、よく飲むねぇ。どこの国の人だい?」
ラナスオルは少し顔を赤らめながら、紫の瞳を輝かせて笑った。
「私か? ふふ、遠いところから来たのだよ。君たちの国の文化を学びにね」
男性は意味深な返事に首をかしげながらも、彼女の楽しげな様子につられて笑みを返した。
その横で、シードは静かに焼き鳥を口に運んでいた。
外は香ばしく焼かれ、中はふわりと柔らかい。たれと炭火の香りが舌の上に広がり、彼は瞳を細めた。
(……悪くない)
ラナスにはなかった味覚の喜び。
この世界の平凡な日常にほんの少し浸っていることに気づき、彼は息をついた。
* * *
少しほろ酔いになったラナスオルが、思い出したように言う。
「そう言えば、先日君からもらった『ファイナル・ギア』とかいうゲーム、なかなか良い手ごたえだったぞ」
「……そうですか。気に入っていただけたようで何よりです」
ファイナル・ギア――シードがたまたま職場で手に入れたものを、ラナスオルに譲った最新の格闘ゲームだ。
「敵を次々と打ち倒す快感は格別だな。こっそり練習しているのだが、ラスボスはまだ倒せていない」
「……楽しむのは結構ですが、あまり右手に力を入れすぎないようにしてください」
シードが少し苦笑いを浮かべながら答えると、ラナスオルは拳を上げ、自信満々に言い返した。
「うむ。心配はいらない。最初は失敗ばかりだったが、鍛錬さえ続ければ、敵をすべて打ち倒すのも時間の問題だ!」
ラナスオルは、シャドウボクシングのような動きを見せながら熱く語る。
彼女の意気込みにシードは微かに笑みを浮かべながら、もう一杯の酒を追加注文した。
「あなたは何に対しても根気がありますね。女神としての使命感がそうさせているのか……」
「ふっ、君も一緒に遊んでみるか? 私の方が強いぞ? はっはっは」
ラナスオルは、上機嫌で日本酒の杯を飲み干した。
* * *
ラナスオルの頬はすっかり赤らんでおり、紫の瞳が少しだけとろんとしている。
「シード、日本酒とはなんとも素晴らしい飲み物だな! 神に捧げる供物としても十分な価値があるぞっ!」
彼女が浮ついた顔で語る様子に、シードは小さくため息をつきながら、杯を静かに置いた。
どう見ても酔いが回っている。これ以上の滞在は好ましくないと彼は判断した。
(どうやら、帰り道は少し面倒になりそうですね……)
夜の帳が降りる頃、二人は店を出た。外には涼しい夜風が吹いている。
「庶民の文化も……っ! 悪くないな……ひっく! さぁて、次はどこへ行こうかっ?」
千鳥足のラナスオルを、シードは歩調を合わせながら支えて歩く。
「あなたの興味が散らばらないうちに、早めに帰宅したほうがよろしいかと」
シードはため息をつきながら答えた。
星のない夜空。だが不思議とその帰り道は明るく見えた。
「なぁ、シード」
シードに肩を預けたままラナスオルがふと立ち止まり、彼の袖を引いた。
「この世界で、私たちは戦い以外の道を選べると思うかね?」
彼女の声は夜風に溶ける程微かで、酔っているのか本心なのか。シードには判断がつかなかった。
「……あなた次第です」
シードは短く答える。
ラナスオルはその声にどこか満足そうに笑みを浮かべた。
二人の影は街灯に照らされて長く伸び、ゆっくりと夜道に消えていった。