冷酷死霊術師とわがまま女神のリスタート 〜殺し合いの因縁を超えた先の、あまりにも短い幸福〜   作:えびふぉねら

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23話 病む者と救う者

 ある日の午後のイレブンマート。

 

 自動ドアの開閉音、電子レンジの稼働音、外の車のクラクション――そんな日常の音の中で、ラナスオルは淡々とレジを打ちながら、胸に引っかかるものを覚えていた。

 

 コンビニバイトを終えたラナスオルは、スマホの画面を一瞥する。

 

 ――『未読』

 

 シードに送ったLINNETが、朝から一切既読になっていない。

 

『今日は何時ごろに帰るのだ?』

『朝食は食べていったのか? ああそうだ、今イレマでラナちきを買うと、ドリンク無料クーポンがついてくるぞ!』

『さすがに働きすぎではないか? 次の休みにゲーセンで息抜きでもしないか?』

 

 メッセージ一覧には、彼女がシードに送った数件のメッセージがどれも「未読」のまま並んでいる。

 

「几帳面なあの男が私のLINNETを半日放置するとは……。仕事が忙しいのか?」

 

 ぼそっと呟きながら画面を閉じる。

 彼はどれだけ忙しくても必ず既読をつけるタイプだった。

 長文で理屈を並べるか、短く「了解」とだけ返すかの二択だったが、何の反応もないのは明らかに異常だった。

 

 鈍い違和感がラナスオルの胸を覆っていく。

 

 どうしても嫌な予感が拭えず、バイトを終えたラナスオルはそのままホテルの隣にあるシードの部屋の前へ向かった。

 

 

   * * *

 

 

「おい。いるか?」

 

 扉をノックするが返事はない。

 試しに電話をかけると、扉の内側からコール音が微かに聞こえる。

 

「なんだ、いるじゃないか」

 

 なのに、出ない。

 ラナスオルは扉に耳を当てて息を殺すが、部屋の中は異様なほど静まり返っていた。

 

「おい? シード? 何かあったのか?」

 

 扉を叩いて呼びかけても、中からは何の物音もしなかった。

 

 彼が倒れているかもしれない――そんな考えが脳裏をよぎった瞬間、ラナスオルの眉間に深い皺が刻まれた。

 

(これだけ呼んでも出ないとは……まさか)

 

「仕方がない……」

 

 破壊の右手――セヴァスト。

 力を極力抑え、扉の錠前部分に指先を触れた。なるべく音を立てないよう慎重に力を込め――

 

 ピシッ……。

 

 金属がひび割れる音が静かに響き、錠前が小さく砕け落ちた。

 

 ラナスオルは扉を押し開けて部屋に入った。

 カーテンは閉ざされ、薄暗い室内は異様な静寂に包まれていた。

 

「シード……?」

 

 部屋の奥、ベッドの上に横たわるシードの姿が目に入った瞬間、ラナスオルの胸が強く締めつけられた。

 

 彼はまるで死体のように動かず、白い額には汗が滲んでいた。

 

「シード!」

 

 ラナスオルはすぐに駆け寄り、額に手を当てた。

 

 手のひらに異常な熱が伝わってくる。

 彼は高熱にうなされ、喉が掠れるような浅く短い呼吸を繰り返していた。

 

「すごい熱だ……これは『風邪』というやつか?」

 

 風邪――ラナスの世界には存在しない、異世界の人間の病気。

 彼女は風邪についてある程度知識を持っていた。しかし、目の前の彼の状態を見て、何かが違うことに気づく。

 

「違う……これは……」

 

 ラナスオルは、手を当てがったまま慎重にシードの体内の魔力を辿る。

 すると、彼女の指先に荒れ狂うような魔力の乱れが伝わってきた。

 魔力は無秩序にシードの身体を蝕んでいる

 

「やはり……これは『ラナスの病』だ……!」

 

 ラナスの病――怪我などから精霊の力が過剰に体内に流れ込み、魔力のバランスが崩れた結果発症するラナス特有の病気だ。

 

「どうしてこんなことに……?」

 

 その時、シードが僅かに意識を取り戻し、うっすらと目を開けた。

 そして掠れた声で息も絶え絶えに漏らす。

 

「……ラナスの病……懐かしい響きですね。まさか、異世界で再び苦しめられるとは……皮肉なものです」

 

 彼の弱々しい言葉を聞き、ラナスオルは無意識に自分の右手を握りしめた。

 破壊の力がじわりと漏れ出し、その手がわなわなと震える。

 

 シードはその様子に気づくと、弱った体を起こそうとしたが、力尽きて再びベッドに沈む。

 

「その手の震え……あなたなら……この状況を利用して僕を消すこともできる……今ほど絶好の機会はない」

 

 シードは目を閉じ、静かに続けた。

 

「どちらを選んでも、僕はあなたを責めはしません……あなたが信じる道を選べばいい……」

 

 彼の声に感情は伴っていなかった。女神の粛清を受け入れるような、従容たる覚悟だけが垣間見える。

 

 動けず、魔法も使えない彼を斃す絶好の機会。

 

(そうだ……今なら確実に彼を殺せる。でも……私は……)

 

 ラナスオルは拳を握り締めたまま、しばらく目を伏せる。

 

 彼は世界を蝕む存在。女神にとって、全てのラナスの生命にとって悪であり、いずれ滅ぼすべき敵。それはわかっていた。

 

 しかし、弱っている彼を前にすると、なぜか身体が動かなかった。

 

(私は……彼を殺したくないのか……?)

 

 心の内側に複雑な感情が渦を巻く。

 

 今までこんなことはなかったはずだった。

 ありえないはずだった。

 

 あれ程の戦いの果てに、迷いが生まれることなどあってはならなかった。

 

 ――しかし、今の目の前の彼は、ただの「敵」には見えなかった。

 

 ラナスオルは少しだけ思案した後、決意を込めて彼の胸にそっと左手を当てた。

 

「……今から創造の左手で、君の体内の魔力バランスを正常に整える。ただ……この治療は相当な苦痛を伴う」

 

 声は冷静でも、指先は僅かに震える。

 自分でもわからないまま――それでも、彼女はもう手を引かなかった。

 

 シードは再び目を開け、疲れた視線をラナスオルに向けた。

 

「……そうですか。あなたが僕を救おうとするとは思いませんでした」

 

 淡々とした口調だが、その言葉には一抹の覚悟が感じられた。

 

「僕に向けられたあなたの手が、破壊ではなく創造に動く……それを見るのも……悪くない」

 

 目の前の女神が、破壊ではなく創造を選ぶ――それは、シードにとって皮肉にも救いだった。

 

 彼は、自分がかつてどれほど多くのものを破壊してきたかを知っている。

 だが、そんな自分を救おうとする手があることが、今だけは奇跡に思えた。 

 

 ラナスオルは深い息を吐き、左手から温かな光を放つ。

 

 創造の光がシードを包み込み、暖かな振動が部屋全体に広がった。

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