冷酷死霊術師とわがまま女神のリスタート 〜殺し合いの因縁を超えた先の、あまりにも短い幸福〜 作:えびふぉねら
かつて対立し、殺し合った相手。ラナスの世界の平和のため、いずれ決着をつけねばならない宿命の敵。
それでも、ラナスオルが今使っているのは、破壊ではなく創造と癒しをもたらす左手――フェルジアの力だった。
ベッドに横たわるシードの額には汗が滲み、浅い呼吸が乱れたまま止まらない。
彼女はゆっくりと深呼吸し、左手に精神を集中させる。シードの体内に残る魔力の乱れを慎重に辿り、創造の光を流し込んでそのバランスを整える。
もし少しでも力の配分を誤れば、彼の魔力は暴走し、命を奪いかねない。
微細な魔力の波を読み取りながら、乱れた流れを丁寧にほぐしていく。
光が彼の体内を駆け巡り、暴れていた魔力の乱流が徐々に収束していった。
「ぐ……っ……」
その過程でシードの身体が反射的に震え、苦しげな息が漏れる。内側を絞られるような鋭い痛みが彼を襲う。
それを見たラナスオルは、ぎゅっと目を閉じる。
「すまない……もう少しで楽になる……あと少し……」
その声には神らしい威厳はなく、どこか人間らしい切実な響きがあった。
彼女の手のひらから伝わる微細な震えに、彼女自身も苦しみを分け与えられているような感覚に襲われた。
シードは痛みに耐えながら、掠れた声で応えた。
「気に……しないでください……あなたに……傷つけられるのは……慣れているはずですから……」
薄く目を開き、微かにラナスオルを見上げる彼の視線が揺れる。
「……あなたの創造の力……こんなに……温かいものだとは……思わなかった……」
その言葉にラナスオルは一瞬だけ動きを止めた。
(温かい……私の手が……?)
彼を討つために振るい続けた手。
それを、宿敵であるはずの彼が温かいと言ったことに、ラナスオルの胸が微かに締め付けられる。
「……っ!」
彼女は小さく息を呑み、迷いを振り払うように光をさらに強めた。
今は余計なことを考えるな。ただ、目の前の命を繋ぎ止める――それだけに集中するのだと自分に言い聞かせる。
やがて戒めの鎖のような、彼の体内に重く絡みつく痛みがゆっくりとほつれていく。
苦しみの中で、彼はそれ以上声を漏らすことなく、ただ静かに治療を受けていた。
* * *
ラナスオルの献身的な治療により、シードの体内の魔力は安定し始めた。
熱は引き、呼吸も徐々に楽になっていく。
「はぁ……はぁ……これで……大丈夫だろう……」
ラナスオルは左手を離し、全身から力が抜けるように身を屈ませた。
額には汗が滲み、その疲れが彼女の姿に浮かび上がっていた。
それでも、彼女は息を整え毅然とした表情を保ち続けた。
シードはぼんやりと彼女を見つめながら、ゆっくりと上体を起こした。
「……どうやら命拾いをしたようです。ですが、あなたもだいぶ無理をしたのでは?」
「私は神だぞ? この程度……どうということもない」
ラナスオルは強がるように答えるが、指先の震えを隠すように拳を握り締めた。
「……かつて命を奪い合った相手に、こうして救われるとは。この借りはいずれ返さねばなりませんね。……僕の裁量によりますが」
「気にするな。それに……私は……一瞬だが君にとどめをさそうと考えた。礼を言われるような資格はない」
ラナスオルの視線が静かに落ちる。その紫の瞳は、あの時一瞬だけ振り上げようとした破壊の右手を見据えていた。
シードはしばらく彼女を見つめ、やがて軽く息を吐いた。
「どちらを選んでも責めないと言ったはずです。……僕を救ったのがどんな意図によるものか、今は問わないでおきましょう……」
彼はそれだけ言うと、再びベッドへ身体を倒した。
病と治療の苦痛で体力の限界を迎えたシードは、静かに目を閉じる。そして深い眠りに落ちていった。
シードの無防備で安らかな寝顔を見つめると、ラナスオルの胸に複雑な感情が湧き上がり始めた。
(……なぜ私は、彼を殺さなかった?)
――殺すべきだった。
この世界でも、ラナスでも、彼は災厄。生かしておいてはいけない存在なのだ。
(それなのに、なぜ――)
破壊の右手を震わせながら自らに問う。
神としての使命と、彼女の中で芽生え始めた迷い。その狭間で心が揺れる。
胸の奥でざらつく何かを抱えながら、彼女は部屋を後にした。