冷酷死霊術師とわがまま女神のリスタート 〜殺し合いの因縁を超えた先の、あまりにも短い幸福〜   作:えびふぉねら

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24話 癒やしの選択

 かつて対立し、殺し合った相手。ラナスの世界の平和のため、いずれ決着をつけねばならない宿命の敵。

 

 それでも、ラナスオルが今使っているのは、破壊ではなく創造と癒しをもたらす左手――フェルジアの力だった。

 

 ベッドに横たわるシードの額には汗が滲み、浅い呼吸が乱れたまま止まらない。

 彼女はゆっくりと深呼吸し、左手に精神を集中させる。シードの体内に残る魔力の乱れを慎重に辿り、創造の光を流し込んでそのバランスを整える。

 

 もし少しでも力の配分を誤れば、彼の魔力は暴走し、命を奪いかねない。

 微細な魔力の波を読み取りながら、乱れた流れを丁寧にほぐしていく。

 

 光が彼の体内を駆け巡り、暴れていた魔力の乱流が徐々に収束していった。

 

「ぐ……っ……」

 

 その過程でシードの身体が反射的に震え、苦しげな息が漏れる。内側を絞られるような鋭い痛みが彼を襲う。

 

 それを見たラナスオルは、ぎゅっと目を閉じる。

 

「すまない……もう少しで楽になる……あと少し……」

 

 その声には神らしい威厳はなく、どこか人間らしい切実な響きがあった。

 彼女の手のひらから伝わる微細な震えに、彼女自身も苦しみを分け与えられているような感覚に襲われた。 

 

 シードは痛みに耐えながら、掠れた声で応えた。

 

「気に……しないでください……あなたに……傷つけられるのは……慣れているはずですから……」

 

 薄く目を開き、微かにラナスオルを見上げる彼の視線が揺れる。

 

「……あなたの創造の力……こんなに……温かいものだとは……思わなかった……」

 

 その言葉にラナスオルは一瞬だけ動きを止めた。

 

(温かい……私の手が……?)

 

 彼を討つために振るい続けた手。

 それを、宿敵であるはずの彼が温かいと言ったことに、ラナスオルの胸が微かに締め付けられる。

 

「……っ!」

 

 彼女は小さく息を呑み、迷いを振り払うように光をさらに強めた。

 今は余計なことを考えるな。ただ、目の前の命を繋ぎ止める――それだけに集中するのだと自分に言い聞かせる。

 

 やがて戒めの鎖のような、彼の体内に重く絡みつく痛みがゆっくりとほつれていく。

 

 苦しみの中で、彼はそれ以上声を漏らすことなく、ただ静かに治療を受けていた。

 

 

   * * * 

 

 

 ラナスオルの献身的な治療により、シードの体内の魔力は安定し始めた。

 熱は引き、呼吸も徐々に楽になっていく。

 

「はぁ……はぁ……これで……大丈夫だろう……」

 

 ラナスオルは左手を離し、全身から力が抜けるように身を屈ませた。

 額には汗が滲み、その疲れが彼女の姿に浮かび上がっていた。

 それでも、彼女は息を整え毅然とした表情を保ち続けた。

 

 シードはぼんやりと彼女を見つめながら、ゆっくりと上体を起こした。

 

「……どうやら命拾いをしたようです。ですが、あなたもだいぶ無理をしたのでは?」

 

「私は神だぞ? この程度……どうということもない」

 

 ラナスオルは強がるように答えるが、指先の震えを隠すように拳を握り締めた。

 

「……かつて命を奪い合った相手に、こうして救われるとは。この借りはいずれ返さねばなりませんね。……僕の裁量によりますが」

 

「気にするな。それに……私は……一瞬だが君にとどめをさそうと考えた。礼を言われるような資格はない」

 

 ラナスオルの視線が静かに落ちる。その紫の瞳は、あの時一瞬だけ振り上げようとした破壊の右手を見据えていた。

 

 シードはしばらく彼女を見つめ、やがて軽く息を吐いた。

 

「どちらを選んでも責めないと言ったはずです。……僕を救ったのがどんな意図によるものか、今は問わないでおきましょう……」

 

 彼はそれだけ言うと、再びベッドへ身体を倒した。

 

 病と治療の苦痛で体力の限界を迎えたシードは、静かに目を閉じる。そして深い眠りに落ちていった。

 

 シードの無防備で安らかな寝顔を見つめると、ラナスオルの胸に複雑な感情が湧き上がり始めた。

 

(……なぜ私は、彼を殺さなかった?)

 

 ――殺すべきだった。

 この世界でも、ラナスでも、彼は災厄。生かしておいてはいけない存在なのだ。

 

(それなのに、なぜ――)

 

 破壊の右手を震わせながら自らに問う。

 神としての使命と、彼女の中で芽生え始めた迷い。その狭間で心が揺れる。

 

 胸の奥でざらつく何かを抱えながら、彼女は部屋を後にした。

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