冷酷死霊術師とわがまま女神のリスタート 〜殺し合いの因縁を超えた先の、あまりにも短い幸福〜 作:えびふぉねら
翌日。
ラナスオルは昨日のことが頭を離れず、いつもなら軽々とこなせる仕事にも集中できずにいた。
シードの儚げな表情、震える声。それらが何度も胸の奥で反響し、彼女の手を鈍らせる。
(私は……いつか彼を殺さねばならないのに)
なんのこともない、ただの迷いのはずだった。使命を果たす前に余計な情が湧いただけだと切り捨てようとする。
「ラナスオル君、顔色よくないね。どこか具合が悪いのかい?」
店長に声をかけられ、彼女は慌てて微笑みを作る。
「いえ、大丈夫です。身内が体調を崩して……少し気がかりなだけです」
思わず出た言葉に、彼女自身驚いた。
いずれ殺さねばならない相手の命を救い、その回復を心配するなど、使命を背負う女神としてあるまじき行為だった。
(私は……何をしているのだ)
使命と感情の間で揺れる自分に気づき、ラナスオルは顔をしかめる。
彼はあくまで「討つべき敵」だったはずなのに――どうしてそんな言葉が出たのか。彼女自身にもわからずにいた。
「それは大変だ。早めに上がって、様子を見てあげたほうがいいね」
店長が肩に手を置き促してきた。その優しい言葉にラナスオルははっとする。
まるで、自分の迷いを見透かされているかのようだった。
「そんな、悪いです……」
それでも遠慮する彼女に、店長は穏やかに笑いかけた。
「君はいつも一生懸命頑張ってくれている。お客さんが笑顔でこの店に来てくれるのも、君のおかげだよ。今日はわたしに任せて、行っておいで」
ラナスオルは一瞬戸惑った。心の奥で疼くのは「会いたい」という感情。
いや、会わなければならない――その理由が「使命のため」ではなく「彼が心配だから」であることに、ラナスオル自身が最も気づいていた。
ラナスオルは感謝の気持ちを込めて頭を下げる。
「ありがとうございます、店長……」
彼女は店長の言葉に甘え、手早く仕事を片付けてシードに「今から見舞いに行く」とLINNETを送り、ホテルへ戻った。
* * *
「私だ。開けてくれ」
シードの部屋の前で扉をノックする。昨日破壊した鍵は、創造の左手フェルジアですでに修復してある。
「ラナスオル……どうぞ」
扉の向こうから聞こえた声はまだ弱々しく、彼の表情には疲労の色が濃く残っていた。
ラナスオルを招き入れると、シードは再びベッドへ腰を下ろす。
ラナスオルはコンビニで買った冷たい飲み物を手にし、冷蔵庫にざっくりとしまい込むと彼に向き直った。
「君に話がある。ラナスの病のことだ」
彼女は椅子を引いてベッドの横に腰を下ろすと、徐に話を続ける。
「あの病気は、精霊が存在するラナスでしか発症しないはずだ。放置した傷などから精霊の力が流れ込んで、体内の魔力バランスが乱れることで起きる。しかし、この世界に精霊は存在しないし、君の身体に大きな傷も見当たらなかった」
「それは、確かに不可解ですね」
シードは軽く目を伏せながら応じた。
「あの時の……ラナスでの戦いで、私は君に深い傷を負わせたはずだ。あれはすぐに治療したのか?」
彼女が訝しげに問うと、シードはゆっくりと胸に手を当てながら答える。
「いえ……この世界で目覚めた時には傷も痛みも消えていました」
その返答を聞いたラナスオルは口を閉じ、憂いの表情で窓の外を見やった。
「そうか……」
短く答えると、彼女は長い白髪を耳にかけ、小さく息を漏らした。
普段は力強い光を湛えている紫の瞳は虚空を見据え、その横顔には影が差し込んでいた。
しばらくの沈黙が流れた後、シードが口を開く。
「ラナスオル。僕からも話があります」
シードの声は低く、いつになく慎重な響きを持っていた。
彼の銀色の瞳が真っ直ぐに彼女を捉える。その視線に、ラナスオルは胸の奥にかすかな不安を覚えた。