冷酷死霊術師とわがまま女神のリスタート 〜殺し合いの因縁を超えた先の、あまりにも短い幸福〜 作:えびふぉねら
彼は一呼吸置いてから、徐に語り始めた。
「僕は弁護士の仕事を通じて、多くの人間の記憶に干渉してきました。そこで、ある共通点に気づいたのです」
「共通点……?」
ラナスオルが訝しげに問いかける。声は平静を装っているが、その瞳には微かな警戒の色が浮かんでいた。
シードは冷静な口調のまま頷く。
「この世界の人間には、ある重大な欠落があります。……それは、『生い立ち』に関する記憶です」
「生い立ち……」
ラナスオルの唇が微かに動き、細く呟くような声を漏らす。
何かを思案しているようだが、シードは彼女を軽く一瞥し、話を続けた。
「僕が魔術を通じて観察した限り、彼らは確かに現在の生活についての記憶を持っている。しかし、幼少期や過去の経験に関する具体的な記憶が一切ない」
シードの淡々とした声が部屋の空気を冷やしていく。
「表面的には疑いようのない人格を持ちながらも、その基盤となるべき歴史が存在していないのです」
ラナスオルは眉をひそめ、困惑の色を浮かべた。
「それは……一体どういうことだ……?」
震えをどうにか押し殺す。
だが、声の奥に微かな怯えが混じるのを抑えきれなかった。
シードの銀色の眼差しは何かを探るように冷たく鋭い。
「奇妙な点は、それに気づいていないのが僕たちだけではないことです。彼ら自身もその矛盾を全く意識していない。まるでこの世界全体が、過去という概念を持たずに作り上げられたかのように振る舞っています」
「……」
ラナスオルは息が止まったかのように口をつぐむ。彼女は何も言えず、ただ思考を巡らせた。
頭の奥に鈍い痛みが広がるのを必死に堪える。
「……この現象は、単なる個人の記憶喪失や魔術的な妨害とは異なる。この世界そのものの本質に関わる何かが原因だと考えています」
シードは言葉を区切ると軽く息をついた。そして、視線を合わせずに黙り込むラナスオルを冷たく見やる。
「……ラナスオル。僕が何を言いたいのか。わかりますか」
彼の無機質な声に、ラナスオルの肩が跳ねる。
「……」
彼女は答えず、視線をそらしたまま固まっていた。
シードはわずかに肩をすくめ、ため息を漏らしながらベッドから身体を起こした。そして彼女に歩み寄り、手をゆっくりと頭上にかざそうとする。
「……やめろ」
その瞬間、ラナスオルは後ずさりしながら、小刻みに震える声で呟いた。
紫色の瞳には恐れと迷いが宿っている。事実など知りたくない、そう訴えているように見えた。
「ラナスオル……」
シードの動きもまた、どこか慎重で迷いが見える。それでも、彼は彼女の反応を意に介さず続けた。
「やめて……くれ……」
消え入るような声でラナスオルが呟くと、シードは一瞬だけ手を止めた。
部屋の空気が緊張に満ち、そのまま静寂に包まれた。
「……」
時間が止まったかのような無音が二人の間に横たわる。
シードは憂いの表情のままラナスオルを見下ろした。その銀の瞳の奥の鈍い光は、ラナスオルの抱えるすべてを見透かしているように見えた。
重い静けさの中、やがて魔術の編まれる静かな風がシードの銀髪を揺らした。