冷酷死霊術師とわがまま女神のリスタート 〜殺し合いの因縁を超えた先の、あまりにも短い幸福〜   作:えびふぉねら

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27話 虚ろな舞台の上で

 シードの手のひらから微かな魔力が漏れ、ラナスオルの頭上を包み込む。

 彼は静かに銀色の瞳を閉じ、彼女の意識の深層へと潜り込んだ。

 

 精神干渉の魔術が映し出す、あの戦い以前のラナスオルの過去。それを慎重に見定めようとする。

 

 記憶の断片を辿りながら、やがてそのすべてを読み解いた彼は、手を下ろして小さなため息を漏らした。

 

「やはり……ですか」

 

 ラナスオルは目を閉じたまま沈黙していた。

 魔術を解いた指先に残る魔力の残滓を見つめながら、シードは憂いを帯びた表情で言葉を紡いだ。

 

「この世界で人を欺き続けてきた僕が、最も近しい存在に欺かれていたとは。実に滑稽で、皮肉なものですね」

 

 彼女の震える様子に一瞥をくれながらも、その声はあくまで冷静だった。

 欺かれていたことへの怒りなどなく、むしろ気づいていながら、どこかでそれを肯定していた自分への嫌悪のようだった。

 

「僕に対して力を振るうだけの憎しみがあるにもかかわらず、その憎しみの源たる過去があなたの中に存在していない。ラナスオル、この世界が僕たちに与えたものは偽りだ……僕たちは、その不完全な舞台に立たされている」

 

「偽り……」

 

 ラナスオルは掠れた声でぽつりと呟いた。彼女の中で何かが凍りつき、崩れ去っていく。

 

 シードは僅かに間を置き、再び口を開く。

 

「僕はあの時……『無』の中で奇妙な光景を見た。ラナスとは異なる世界……あの『幻』がこの世界なのだとすれば、僕は今も夢を見ながら『無』の中を彷徨い続けているのでしょう」

 

「……ならばこの世界も、私も……君が見ている『幻』だと言うのか……!?」

 

 ラナスオルが震える声で叫ぶ。その声音には絶望にも似た深い悲しみが滲んでいる。

 今にも泣き崩れそうなその姿に、シードは目を細めた。

 

「あなたが気に病むことではありません、ラナスオル。最初から……薄々気づいていたのですから。あの日、僕たちの会話に乱入してきた少女も、過去の記憶を持っていなかった。そして、異世界でありながらここではラナスの共通言語が使われている。それを、あなたは一切疑問に思っていなかった」

 

 ラナスオルは彼の言葉をただ黙って聞き入れるしかなかった。

 

「そんな……っ、最初から……わかっていたのか……どうして……」

 

 ラナスオルの声は弱々しく途切れていく。彼女は両手で口元を押さえ、必死で込み上げる嗚咽を堪えようとする。 

 シードは机の上に手を置き、彼女の瞳をじっと見据える。

 

「あなたの記憶、感情、そしてこの世界のすべて……確かに僕にとっては『幻』かもしれません。ですが、それが消えゆく砂のようなものだと断じるつもりはない」

 

 少し間を置いてから、彼は再び口を開く。

 

「本物のラナスオルは滅び、神の再誕の循環に還った。それは事実でしょう。しかし、ここにいるあなたは、その『魂の欠片』が、僕が見ている『無』の中で再構成された存在だと思う。だからこそ、あなたは僕を否定し、戦った記憶を持ちながらも、その根底にある自分自身の輪郭を掴めないでいる」

 

「……」

 

 ラナスオルの胸が締め付けられる。彼の言葉が彼女を撃ち抜き、自分が彼を助けた理由に気づかせた。

 

 女神としての使命を持ちながら、それに背いた――それは、自分が本物の女神ではないから。

 

 シードは静かに彼女のそばへ歩み寄り、そっと肩に手を置いた。

 仄かに漂う香水の香りが彼との距離を意識させ、ラナスオルの心を空虚から引き戻すかのようだった。

 

「……今ここにいるあなたは、幻でありながら現実です。しかし、女神である必要はありません。あなたが何者かを問うのではなく、今この瞬間、何を望み、何を選ぶか。それが、ここにいる『あなた』の存在証明になるのではありませんか?」

 

「シード……私は……」

 

 ラナスオルの紫の瞳には、うっすらと涙が浮かんでいた。

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