冷酷死霊術師とわがまま女神のリスタート 〜殺し合いの因縁を超えた先の、あまりにも短い幸福〜 作:えびふぉねら
シードの手のひらから微かな魔力が漏れ、ラナスオルの頭上を包み込む。
彼は静かに銀色の瞳を閉じ、彼女の意識の深層へと潜り込んだ。
精神干渉の魔術が映し出す、あの戦い以前のラナスオルの過去。それを慎重に見定めようとする。
記憶の断片を辿りながら、やがてそのすべてを読み解いた彼は、手を下ろして小さなため息を漏らした。
「やはり……ですか」
ラナスオルは目を閉じたまま沈黙していた。
魔術を解いた指先に残る魔力の残滓を見つめながら、シードは憂いを帯びた表情で言葉を紡いだ。
「この世界で人を欺き続けてきた僕が、最も近しい存在に欺かれていたとは。実に滑稽で、皮肉なものですね」
彼女の震える様子に一瞥をくれながらも、その声はあくまで冷静だった。
欺かれていたことへの怒りなどなく、むしろ気づいていながら、どこかでそれを肯定していた自分への嫌悪のようだった。
「僕に対して力を振るうだけの憎しみがあるにもかかわらず、その憎しみの源たる過去があなたの中に存在していない。ラナスオル、この世界が僕たちに与えたものは偽りだ……僕たちは、その不完全な舞台に立たされている」
「偽り……」
ラナスオルは掠れた声でぽつりと呟いた。彼女の中で何かが凍りつき、崩れ去っていく。
シードは僅かに間を置き、再び口を開く。
「僕はあの時……『無』の中で奇妙な光景を見た。ラナスとは異なる世界……あの『幻』がこの世界なのだとすれば、僕は今も夢を見ながら『無』の中を彷徨い続けているのでしょう」
「……ならばこの世界も、私も……君が見ている『幻』だと言うのか……!?」
ラナスオルが震える声で叫ぶ。その声音には絶望にも似た深い悲しみが滲んでいる。
今にも泣き崩れそうなその姿に、シードは目を細めた。
「あなたが気に病むことではありません、ラナスオル。最初から……薄々気づいていたのですから。あの日、僕たちの会話に乱入してきた少女も、過去の記憶を持っていなかった。そして、異世界でありながらここではラナスの共通言語が使われている。それを、あなたは一切疑問に思っていなかった」
ラナスオルは彼の言葉をただ黙って聞き入れるしかなかった。
「そんな……っ、最初から……わかっていたのか……どうして……」
ラナスオルの声は弱々しく途切れていく。彼女は両手で口元を押さえ、必死で込み上げる嗚咽を堪えようとする。
シードは机の上に手を置き、彼女の瞳をじっと見据える。
「あなたの記憶、感情、そしてこの世界のすべて……確かに僕にとっては『幻』かもしれません。ですが、それが消えゆく砂のようなものだと断じるつもりはない」
少し間を置いてから、彼は再び口を開く。
「本物のラナスオルは滅び、神の再誕の循環に還った。それは事実でしょう。しかし、ここにいるあなたは、その『魂の欠片』が、僕が見ている『無』の中で再構成された存在だと思う。だからこそ、あなたは僕を否定し、戦った記憶を持ちながらも、その根底にある自分自身の輪郭を掴めないでいる」
「……」
ラナスオルの胸が締め付けられる。彼の言葉が彼女を撃ち抜き、自分が彼を助けた理由に気づかせた。
女神としての使命を持ちながら、それに背いた――それは、自分が本物の女神ではないから。
シードは静かに彼女のそばへ歩み寄り、そっと肩に手を置いた。
仄かに漂う香水の香りが彼との距離を意識させ、ラナスオルの心を空虚から引き戻すかのようだった。
「……今ここにいるあなたは、幻でありながら現実です。しかし、女神である必要はありません。あなたが何者かを問うのではなく、今この瞬間、何を望み、何を選ぶか。それが、ここにいる『あなた』の存在証明になるのではありませんか?」
「シード……私は……」
ラナスオルの紫の瞳には、うっすらと涙が浮かんでいた。