冷酷死霊術師とわがまま女神のリスタート 〜殺し合いの因縁を超えた先の、あまりにも短い幸福〜 作:えびふぉねら
「……ひとつだけ、教えてくれないか」
ラナスオルは涙を拭うこともせず、ようやく顔を上げて彼に目を合わせた。
それでも、胸の内にこびりつく悲しみを抑えられず、身体は小刻みに震えている。
「君がこのままこの世界にいたらどうなる? ラナスへ帰らず、ここに留まることはできるのか?」
まるで彼に縋るかのような彼女の問いに、シードは微かに目を細めた。
しかし、次の瞬間にはその表情はすぐに冷たい仮面へ戻り、彼は淡々と首を振った。
「おそらく……ラナスの病が再び発症するでしょう」
その一言は、彼女の胸を抉るように響いた。
「そんな……」
喉の奥から乾いた息が漏れた。
ラナスオルの肩が震え、表情からは血の気が引いていくようだった。
「僕は無へ葬られる前に、女神ラナスオルによって深傷を負っていた。あの傷が引き金となって、僕の身体に病を引き起こしている」
「なら、私が治療を続ければ……!」
ラナスオルは反射的に叫んでいた。その反動で涙が頬を伝わる。
抑えきれない焦燥が彼女を蝕む。
(彼を失うのが怖い……何度だって治療すればいい……この左手がどうなろうと、無理矢理にでも繋ぎ止めれば……)
しかし、彼女が提案するより早くシードはその言葉を否定した。
「それは根本的な解決にはならない。僕の肉体そのものを完全に治癒しない限り、いたちごっこの繰り返しになるでしょう。それに、創造の左手の治療行為によるあなたへの負担は計り知れない」
「そんなもの構わない……!」
ラナスオルは、思わず彼の手を握り締めた。理由など関係なかった。
その手は強く震えていたが、それは使命を超えた彼女自身の覚悟が伴うものだった。
シードは僅かに驚いた表情を浮かべたが、すぐに冷静さを取り戻した。
「……す、すまない」
彼女は手を離し、小さな声で謝罪した。
シードはその手の温もりがまだ残る自分の指先を一瞥し、僅かに目を伏せた。
そして一息ついてから冷徹ながらもどこか穏やかな声で語り始める。
「ラナスオル、あなたの善意には感謝します。しかし、その行為が意味をなさないことは、あなた自身よくわかっているはずです」
静かで、それでいて突き放すような声音。
彼は彼女の創造の左手に視線を向ける。
「この身体は、この世界に存在するための仮初の器にすぎない。本体が『無』の中で朽ち果てつつある以上、ここでの治療はただの延命行為です。そして、その延命の代償が、あなた自身の存在を蝕むのなら……僕はそんな無益な行為に縋るつもりはありません」
ラナスオルは言葉を飲み込み、胸の奥に渦巻く思いに押しつぶされそうだった。
「けれども……私は……」
消え入るような声が落ちた。それは儚く虚空に吸い込まれていく。
彼女の動揺をじっと受け止めるように見つめながら、シードは少しだけ声を和らげた。
「あなたの力を使い続けて、僕がただ生き延びるだけの日々を積み重ねたとして、それは僕の『存在』を証明することにはならない。そして、あなたの負担を増やしてまで、それを選ぶ理由もない」
少し間を置き、彼は冷静さを保ちながらも確信を込めた口調で言葉を締めくくる。
「……だからこそ、僕はこの死を受け入れる。僕にとって重要なのは、どれだけ長く生きるかではなく、どのように終わるかです。あなたにはその瞬間まで、僕の決断を尊重してほしい」
シードの表情には、悲しみも恐怖も、何ひとつ浮かんでいなかった。
ただ無感情、それでいて生気の欠けたような虚無だけが冷たく滲み出し、それがラナスオルの胸を締めつけた。
彼の言葉をどうしても受け入れられず、ラナスオルは震える唇を噛み、無言で首を横に振る。
「……」
声にならない感情が、涙となって静かに零れ落ちていった。