冷酷死霊術師とわがまま女神のリスタート 〜殺し合いの因縁を超えた先の、あまりにも短い幸福〜 作:えびふぉねら
ラナスオルの胸の奥には、得体の知れない感情が渦巻いていた。
怒りか、悲しみか。抗いがたい喪失への恐怖か。自分でもどう表現していいのかわからなかった。
ただひとつだけ、強く確信できる思いがあった。
――目の前の男を死なせてはならない。
「君を『無』へ葬ったのは私だ……この世界でもまた、私は君を殺そうとした。それなのになぜ、そんなことが言えるんだ……?」
彼女の震える声に、シードは冷たく無機質な眼差しを向ける。
「ラナスオル」
無感情な一言。彼のそんな物言いには慣れているはずだった。
ただ、この時だけはラナスオルの胸に消えない闇を刻んでいくように聞こえた。
「あなたが僕を『無』へと葬ったのは、僕たちが選んだ戦いの帰結に過ぎません。あなたは使命に従い僕を排除しようとし、僕はそれに抗っただけのこと」
「それは……」
ラナスオルが何か言い返そうとするが、彼は冷たく言葉を重ねる。
「それは恨むべきものではなく、受け入れるべき結果です。感情的に捉える必要はない」
儚げな表情を浮かべながら、彼は言葉を続ける。
「それに……『死』も『無』も、僕にとって特別な概念ではありません。それはただの移ろいであり、魂の必然的な移行でしかない。あなたがどう思おうと、僕の死はあなたの責任ではなく、僕自身の選択の結果です」
彼の声音には一欠片の感情も乗っていない。銀色の瞳の奥には底なしの虚無が映し出されている。
壊れた彫像のような冷たい表情を貼り付けながら、死霊術師としての彼の死生観をありのまま告げているだけだった。
どれだけ手を伸ばしても届かない場所へゆっくりと沈んでいく。
ラナスオルの中で、何かが耐えきれずに弾けた。
「……違う!」
突然声を張り上げた。押し殺していた激情が溢れ出す。
シードはそれに動揺することなく、神妙な面持ちで彼女を見つめた。
「私はこの世界で半年間、君と過ごした。それでわかった。君とはこうして話し合うことができる。私たちは殺し合う必要などなかった……! 私が君を排除しようとした……そう、私が君を脅威と決めつけ、ただ使命を全うするために力を振るい、君を追い詰めた……こうなったのは……私のせいなのだ……」
嗚咽混じりのラナスオルの訴えに、シードはほんの一瞬だけ視線を逸らした。
そして、言葉を選ぶようにして静かに答える。
「あなたがこの世界で何を感じたとしても、過去が消えるわけではありません。半年間の共存が、僕たちの関係を根本から変えるわけでもない。僕はあなたにとって脅威だった。そして、あなたは僕を無へ葬った。それだけです」
その声に感情はなく、彼女の苦悩を受け止めるでも、拒絶するでもない。ただ冷酷なまでに理性的だった。
(どうして……どうしてそんなふうに、簡単に自分を否定できるのだ……!?)
ラナスオルの涙は止まらなかった。
自分の手で彼を救おうとするたび、彼の言葉が刃となって心を抉る。
そして、彼自身が「救われること」を拒んでいるのが、何よりも彼女を苦しめた。
沈黙が二人の間を漂う。
ラナスオルにとっても、シードにとっても、それは果てしなく長い、終わりなき静寂のように思えた。
ラナスオルは息を整え、やがて決意を込めたかのように低い声で応えた。
「……君はさっき、私が女神である必要はない、私が今この瞬間、何を望み、何を選ぶのか。それが、ここにいる『私』の存在証明になるのではないか? と言ったな?」
涙に濡れたままの紫色の瞳。それでも力強く、揺るぎない声。
その言葉に、シードは僅かに目を見開く。
「ならば、私は、私のするべきことをする。私は『女神ラナスオル』ではない。この世界のひとりの人間として、君を救ってみせる」
それだけを言い終えると、彼女は踵を返し、振り返ることなく部屋から去っていった。
シードはしばらくの間、銀色の瞳で彼女のいた場所を見つめていた。
静まり返った部屋の中で、彼は窓の外をぼんやりと見やり、独りつぶやく。
「……救うというのは簡単ではありませんよ。僕の存在がすでに『無』に囚われた幻であり、あなたもまたその一部であるとしたら……何をどう救おうと、結局は虚構の上での徒労に過ぎないのだから……」
彼は自分の胸にそっと手を当てた。
あの日、ラナスオルから受けた深い傷――それは痛みだけでなく、今もなお彼の存在そのものを蝕んでいた。