冷酷死霊術師とわがまま女神のリスタート 〜殺し合いの因縁を超えた先の、あまりにも短い幸福〜 作:えびふぉねら
目が覚めた。
まだ意識は朧げで、記憶の輪郭もぼやけている。
何かを思考しようとしても、頭の中は霧がかかったように霞む。
何度かまばたきを繰り返し、精神を集中させるうち、次第に視界が焦点を結び始めた。
気づけば、彼はどこか広々とした場所にいるようだった。大きな木陰に設置されたベンチに腰掛けていたらしい。
「ここは……」
彼は周囲を見渡した。目に映るのは見たことのない光景だった。
陽光を浴びた木々、整然と植えられた鮮やかな花々、そして広がる芝生。その上で無邪気に駆け回る子供たちの声が、耳に心地よく響く。
しかし、その何もかもが、彼にとって異質で馴染みのないものだった。
あまりにも穏やかで、あまりにも現実離れした平和な景色。
意識が覚醒するにつれ、彼は直前の出来事を思い出し始めた。
女神ラナスオルとの壮絶な戦い。
その果て、最期に視界を満たしたのは、すべてを飲み込む暗闇。
ラナスオルの命を賭した一撃――「無」による完全なる消滅。
(あの時、確かに終わったはずだ。僕の存在は、跡形もなく消えた……)
その時彼は思い出した。死の間際に見た奇妙な光景を。
そして今、目の前に広がるこの世界は「無」の中で見た、あの風景そのものに思えた。
だが、何かが決定的に違った。ラナスの世界で当たり前に感じられた精霊たちの存在や、魔力の流れ――それらはここには微塵も感じられなかった。
世界そのものが、何か別の理で動いているような感覚。
彼はふと、自分の胸に手を当てた。ラナスオルから受けた深い傷。
その痛みはすでに消え去り、肌には痕跡すら残っていなかった。
「僕は生きているのか……?」
呟いてみたところで答えは出ない。ただ、自分自身の存在が不思議と曖昧で希薄なものに感じられる。
それが「無」の影響なのか、この世界の理によるものなのか――彼には分からなかった。
やがて、彼はベンチから立ち上がった。周囲の様子を改めて観察する。
どうやらここは、整備された公園らしき場所のようだ。魔物やごろつきといった存在の影もなく、平和そのものの景色が広がっている。
次の瞬間、彼は自らの右手を掲げ短く呪文を紡ぐ。
「……なるほど」
指先から放たれた魔力が螺旋を描き、その軌跡から煙のような冷たい霊気が滲み出る。
漆黒の影が揺らめき、やがて現れたのは半透明の人間のような存在――死霊術によって彼に従う亡霊たちだった。
命令を下すまでもなく、彼らは周囲を探索し始める。
「ここでも魔法は使えるようだ」
彼の魔術は健在だが、どこかラナスの世界の魔力の流れとは別の規則に従っているように感じた。
まるで異物として世界から拒まれているような感覚だ。
しかし、そうした違和感はシードにとってはさして重要ではなかった。
使えるのであればそれでいい。ただそれだけだった。
ほどなくして、亡霊の一体が異常を感知した。何かを見つけたようだ。
「……案内しろ」
彼が無表情のまま命じると、亡霊は微かな影のような軌跡を残しながら、異常が発生している方向を示した。
彼は迷うことなく、その方角へと足を向けた。