冷酷死霊術師とわがまま女神のリスタート 〜殺し合いの因縁を超えた先の、あまりにも短い幸福〜 作:えびふぉねら
ラナスオルは自分の部屋に戻るなり、重い足取りでベッドに近づいた。
白いシーツが目に入った瞬間、感情の堰が切れたかのように拳を力いっぱいベッドに叩きつけた。
「この涙は一体なんなのだ……どうして止まらないのだ……!」
紫色の瞳からこぼれ落ちる涙を拭うこともできず、彼女はその場に崩れ落ちる。
涙は頬を伝い、シーツにぽたりぽたりと落ちていく。
この世界に来て半年――ラナスオルは神としての力を極力使わず、人間として生活を続けてきた。
不便さを楽しむようにコンビニバイトに勤しみ、店長や客たちとの交流に微かな喜びを見出していた。
バイト帰りにコーヒーを楽しみ、日本酒の魅力も知った。
漫画やゲームといった人間の文化に没頭し、女神の使命という重い枷を忘れられるひとときを得ることもできた。
いっそのこと、このまま「人間」として永遠にここで暮らすのも悪くない――そう思った瞬間さえあった。
しかし、それは彼女だけではなかったからこそ成り立つ思いだった。
いつも自分を小馬鹿にしつつも、どこか気遣ってくれる冷酷な死霊術師の存在。
ラナスオルは手元にスマホを取り出し、シードとのLINNETの履歴、そして画像フォルダの写真を辿った。
『今日は依頼人の対応で疲れた。続きは明日にしてください』
『オネイロスで新しいスイーツが出たのですか。感想を聞きましょう』
『イレブンマートであなたを見かけましたが、カップ麺を落として棚を崩すのはどうかと思います。力を使えば……』
ただの挨拶、くだらない世間話、カフェでの約束、仕事の愚痴、些細な言い争い……。
「ふん、バカな男め……」
自分の失敗を指摘するような皮肉でさえ、懐かしく、愛おしいとさえ思えた。
画像フォルダには、カフェで撮った二人の写真が並んでいた。
シードはカメラを嫌がっていたが、半ば強引に撮らせた写真。
不機嫌そうな顔をしているのに、ほんの僅かに笑みがこぼれているように見えた。
写真の上に涙の雫が落ち、スマホの画面が滲んでいく。
「彼がいてくれたから、私という存在があった……」
震える声で呟きながら、スマホをぎゅっと握り締め、胸に押し付けた。
まるで、失われゆくものをこの腕で抱擁するかのように。
「何か、方法があるはずだ……何か……」
そう呟いても、答えは出なかった。
どこかに希望が落ちてないか。頭の中を手探りのように思考する。
しかし、彼女の思いは空を掴むだけだった。
殺すべき相手を救い、今は失いたくないと思っている――。
その矛盾が彼女の心を引き裂く。
ただ、虚空に向けて考えを巡らせるだけの日々が続いた。
* * *
二人が直接会うことがなくなってから数週間が過ぎる。
そんな中、シードの方から一通のLINNETが届いた。
内容は「明日の夜、カフェレストラン・ヒプノテラスで落ち合おう」というものだった。
その知らせを見た瞬間、ラナスオルの心は不意に弾んだ。
「……あの男の方から私を誘うとは。明日は雪でも降るのか?」
思わず独り言を呟く。
コンビニバイト帰りの空を見上げると、冷たい冬の寒空が広がっていた。
白い息がなびき、スマホを持つ指先が少しだけ凍える。
商店街を通りかかると、この世界の「クリスマス」と呼ばれる独特の行事が近づいており、街は一層賑やかさを増していた。
ラナスオルは街中に飾られた華やかなツリーと、愉快な音楽に目を奪われた。
鼻歌を口ずさみながらスマホを手に取り、「クリスマス」という言葉を調べてみる。
「ふむ、どこかの偉人の誕生日か」
神である彼女には、誕生日や年齢といった概念がない。それゆえに、世界規模で誰かの誕生日を祝うという行事に、不思議な感覚を覚えた。
さらに調べを進めるうち、クリスマスに関連する「カップル」の画像や話題が妙に目につく。
雪の中、傘をさした男が街頭インタビューを受け、隣の女性が恥ずかしそうに手で顔を覆っている画像がスマホに映し出された。
「『カップル』か……」
画像を見つめるラナスオルは小さく呟く。
一瞬だけ彼の姿が脳裏をよぎったが、すぐにスマホの画面を閉じた。
「きっと、私には永遠に縁のない話だな」
彼女は自嘲気味に呟くと、賑やかな商店街を背に静かに帰路についた。