冷酷死霊術師とわがまま女神のリスタート 〜殺し合いの因縁を超えた先の、あまりにも短い幸福〜 作:えびふぉねら
翌日。カフェレストラン・ヒプノテラスにて。
ほんのり木の香りが漂い、淡い照明が店内を優しく照らす落ち着いた空間。
ラナスオルとシードはロングコートをコートハンガーに掛けると、テーブル席で向かい合い料理の到着を待っていた。
テーブル横、ガラス越しに見える街のイルミネーションがちらちらと瞬く。
ラナスオルはアヒージョ、シードはシーフードドリアを注文している。
「こうして面と向かって会うのは二週間ぶりか。君の方から誘ってくれるとは思わなかったよ」
柔らかい照明に照らされたラナスオルの顔はほんのり紅潮し、嬉しそうに口角を上げる。
それでも、彼女はどこか照れくさそうに視線をそらし、窓の外を見やった。
「深い意図はありませんよ。ただ、あなたのLINNETの量が増えたので、いい加減直接会う機会を設けた方が良いかと思ったまでです」
シードの飄々とした態度にムードを台無しにされ、ラナスオルは口を尖らせむすくれた。
「どういう意味だ。まるで私のLINNETが鬱陶しいみたいな言い方だな」
「自覚はあるようで安心しました」
「……デザートのプリンがなくならないよう、用心することだな!」
ラナスオルは腰を浮かせ、テーブル越しに今にも掴み掛からんとする勢いだったが、その表情はどこか柔らかく、穏やかな空気を漂わせていた。
「まったく、君というやつはいつもこうだ……」
席に着きながら再び視線を逸らしてぼそりと呟くが、その顔がどこか心嬉しそうに微笑むのをシードは見逃さなかった。
「……何かね?」
シードの視線に気づき、ラナスオルは膨れながら向き直る
「いいえ……」
シードは目を伏せ微かに微笑んだ。
その笑みは一瞬で消えたが、ラナスオルはそれだけで十分だった。
――この時間が、ずっと続けばいいのに。
そう思う自分を、彼女は否定できなかった。
そんなやりとりをしているうちに、注文した料理が運ばれてくる。
ラナスオルは湯気の立つアヒージョを一口頬張り、幸せそうに目を細めた。
その無邪気な笑顔を眺めながら、シードはゆっくりとドリアのスプーンを口に運んだ。
「ふふ、この世界の料理は本当においしいな。デザートのティラミスも楽しみだ」
「そうですね。魔力を媒介せずとも、これ程の味を生み出す人間の技術には感服します」
シードは淡々と答えながらも、目の前のラナスオルの表情をじっと観察していた。
半年間、この世界で過ごすうちに見せるようになった彼女の自然な笑顔。
神としての威厳を忘れたかのような、人間らしい柔らかさ。
それらすべてが、彼の心の奥に奇妙なざわめきを残していた。
そんな彼の視線に気づいたのか、ラナスオルは不意に顔を赤くして話題を切り出す。
「……ああ、ところで君は『クリスマス』を知っているかね?」
シードは不思議そうに首をかしげた。
言葉の意味は理解していたが、それをラナスオルに尋ねられる理由をわかりかねていた。
彼が答えあぐねていると、ラナスオルは少し得意げに話を続ける。
「この世界独特の聖なる催しでは、普段世話になっている相手にプレゼントを贈るらしい。……君は何か欲しいものがあるかね?」
「なぜ僕にそんなことを訊くのですか」
スプーンを置き、シードは目を細めて問い返す。
「この世界での生活が楽しいと思えたのは、少なからず君の存在があったからだ。君はこうして私と幾度もカフェで会話し、取るに足らない愚痴を聞き、相容れない存在でありながらも共に過ごしてくれた。だから……少しでも礼がしたいと思ってな」
ラナスオルは恥じらいを含んだ微笑を浮かべながら答えた。
シードは彼女の意外な提案に一瞬怪訝な表情を滲ませる。
(あれだけの戦いと憎悪を経て、今さら「礼」などと……?)
彼女が自分と過ごす時間を「楽しい」と感じていたことに戸惑いを覚えながらも、同時に消えない違和感が渦巻いていた。
彼は、何かの間違いではないかと疑った。彼女の存在は所詮幻にすぎない。
ラナスオルがくだらない冗談を言いながら笑うたびに、無機質だった自分の心が微かに揺れていたことを心の奥底に封じ込め――冷静な口調で応える。
「……確かに、この世界での半年間、あなたとの関わりは僕にとっても無意味ではなかった。ですが、僕は物欲や感謝を形に求める性質ではありません」
ラナスオルには彼がそう答えるのがわかっていたのか、ふっと微笑み返す。
「そうだろうな。君は力と知識を追い求め……その末に私と対立した。私から君に与えられるものなんて、もう何もないのだろう」
彼女は少しだけ寂しげな表情を浮かべ、視線を窓の外へ向けた。
瞬くイルミネーションが彼女の紫色の瞳を照らす。
僅かな沈黙。静かなカフェ内に、他の客の小さな談笑と食器の擦れる音だけが響く。
やがてシードは短く息をつき、穏やかに提案した。
「……わかりました。では、食後のデザートのプリンをあなたの奢り、とするのはどうでしょう?」
その冗談めかしたような提案を聞いたラナスオルは一瞬きょとんとしたが、すぐに顔を緩めてくすりと吹き出した。
「はは。無欲だな、君は。女神が贈り物をしようというのに、プリンと答える人間など、君ぐらいなものだ」
それにつられるように、シードも微かな笑みを浮かべた。
ラナスオルは、彼の表情がほんの少しだけ人間らしい「生」を取り戻したかのように見えた。