冷酷死霊術師とわがまま女神のリスタート 〜殺し合いの因縁を超えた先の、あまりにも短い幸福〜   作:えびふぉねら

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33話 冷めたラナちき

 クリスマスイブ当日。

 

 街はイルミネーションの光で彩られ、軽快な音楽と人々の笑い声が遠くから微かに響いていた。

 寄り添う恋人たちや、プレゼントを手に歩く家族が目に入ってくる。

 

 しかし、その賑わいから遠く離れた公園の一角だけは、ひっそりと静まり返っていた。

 

 ラナスオルは前もってシードに「十六時、椋実公園の大きな木の前で待つ」とLINNETを送っていた。

 

 返事はなかったが、きっと彼は来るだろう――そう信じて、彼女はコンビニバイトの仕事を終えた後、公園へと向かう。

 

 冷え込む夕暮れ時。コートの裾と長い白髪をたなびかせる中、ラナスオルは大きな木の小陰のベンチに腰を下ろした。

 

 彼女の手には、イレブンマートの紙袋が二つ。

 

 ラナスオルは紙袋をきゅっと握り締め、仄かに手に伝わる温かさを感じながら、シードのことを思い浮かべていた。

 

「返事は……なしか。どこをほっつき歩いているのだ、あの男は」

 

 不機嫌に呟きながらスマホの画面を閉じた。吐く息は白く溶けて消えていく。

 彼女の指先がほんの一瞬だけ震えたのは、寒さのせいだけではないように思えた。

  

 信じたいのに、時間が経つほどに胸の奥が心細くなる。

 待つことには慣れている。しかし、「待たせることのない男」だからこそ、彼女は小さな不安を拭えずにいた。

 

 見上げた紫色の瞳に映り込む灰色の空は、彼女の寂寞さを物語っているようだった。

 

 

   * * * 

 

 

 陽が落ち始め、頬を切る冷気が一段と肌にしみる頃、ようやく黒いコートを羽織った彼が銀髪を揺らしながら現れた。

 

「やっと来たか……おや、今日は黒髪じゃないのだな。それにしても、既読無視な上に遅刻とは、君らしくもない」

 

 ラナスオルは立ち上がると、頬を膨らませて彼を睨む。

 問い詰めたかったが、内心はほっと胸を撫で下ろしていた。

 

「申し訳ありません……今日の仕事は少々手間がかかりました」

 

 声はいつものように冷静だが、どこか掠れている。

 落ち着いた表情からは疲労と何かを隠している気配が漂っていた。

 

 ラナスオルは一瞬だけ目を細めたが、すぐに不機嫌そうに紙袋を突き出す。 

 

「ふん、これでも食べたまえ」

 

 中には、イレブンマートのオリジナル商品「ラナちき・クリスマスバージョン」が入っている。

 

 袋越しの温もりはすでに失われ、せっかくのクリスマス限定品だというのに、香りから何からすっかり弱まってしまっている。

 

「これは……」

 

 シードは袋を受け取り、中を覗き込む。

 冷えたチキンを見つめる瞳に、一瞬だけ戸惑いがよぎる。

 

「全く、今まで時間厳守だった君が、どうしてこういう日に限って遅刻するのか?」

 

 そう言ってラナスオルは再びベンチに腰掛け、自分の分の冷めた「ラナちき」を取り出して黙々と頬張り始めた。

 彼女の頬が膨れ、ぷくっと不機嫌そうに突き出される。まるで拗ねた子供のようだ。

 

 シードは彼女の隣に腰を下ろし、黙ってその横顔を見つめていた。

 

 指先に伝わる冷たさと、胸の内側にじわりと広がる温かくも痛む感覚。

 それが何なのか、彼はまだ言葉にできなかった。

  

「ラナスオル……」

 

「何かね?」

 

 ラナスオルはチキンを咀嚼しながら、そっけなく返事をする。

 言葉とは裏腹に、耳の先が薄らと赤く染まっていた。

 

 そして、何度も喉までせり上がっては消えた言葉を、ようやく彼は吐き出す。

 

「……感謝します」

 

 淡々とした一言。

 

 たったそれだけの言葉が、どうしてこんなにも難しいのか。

 自分のために寒空の下、冷めたラナちきを抱え、返事もないまま待ち続けてくれた彼女に、どんな言葉を紡げばいいのか。

 

 不器用なシードが絞り出したその一言は、彼なりの精一杯の感情表現だった。

 

 彼の無感情で弱々しい感謝を耳にしたラナスオルは、一瞬だけ驚いたように目を見開いた。

 そしてすぐに顔を逸らし、ぽつりと呟く。

 

「……ありがたいと思うなら、しっかり全部食べるのだ」

 

 その声は震えていた。

 寒さではなく、胸の奥に広がる喜びを必死に隠そうとする震え。

 照れ隠しと意地っ張りの入り混じった、彼女らしい態度だった。

 

 シードは黙って頷き、冷え切ったチキンを口に運んだ。

 かじっても味は冷たく、ぱさついていたが、なぜか胸の奥がじわりと温かくなっていくような気がした。

 

 それでも、シードの胸には、彼がまだ名前を知らない微かな火が灯っていた。

 空には薄闇がかかり始め、木々の葉が冷たい風に揺れていた。

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