冷酷死霊術師とわがまま女神のリスタート 〜殺し合いの因縁を超えた先の、あまりにも短い幸福〜 作:えびふぉねら
二人は公園の奥へと歩いていく。半年前、彼らがこの世界で初めて出会った場所へ向かっていた。
次第に人気はなくなり、街灯の光も遠ざかっていく。
視界には生い茂る木々が広がり始め、風に吹かれる葉擦れの音が心寂しい余韻を残していった。
「懐かしいな」
ラナスオルは無意識に足を止め、辺りを見回した。
子供たちの笑い声も、行き交う人々の気配もなく、ただ二人だけの静寂がそこにあった。
「あの時君が戦いを止めてくれなかったら、きっと騒ぎになっていただろう」
ラナスオルが自嘲気味に呟くと、シードは僅かに思いを馳せるような表情を浮かべ「ええ、そうですね」と短く返した。
二人はさらに進み、目的の場所で足を止める。
「確か、ここから海が見えるとか言っていたな」
ラナスオルは、初対面のあの日に現れた少女の言葉を思い出しながら、茂みの中へ足を踏み入れた。
膝下ほどの高さの草を分けながら、緩やかな坂を進んでいく。
小高い丘を登ると、眼下に広がる街の景色が次第にその全貌を現した。
椋実区の街並みが徐々に灯りを点し始め、その向こうに沈みゆく陽を映す穏やかな海が広がっていた。
ラナスオルは目を閉じ、冷たい空気を吸いこんだ。
「見たまえ、シード。なかなかの絶景だぞ」
ラナスオルは微笑みながら彼の手を引く。
その手のはいつもより僅かに冷たかったが、彼女にとっては不思議と心地よい温もりを感じるようだった。
シードは一瞬だけ戸惑ったように足を止めたが、抵抗することなく彼女に導かれた。
そして丘の頂上、視界いっぱいに広がる景色に視線を向けた。
「確かに、良い眺めですね。この街の灯りと海の光景が重なり合い、穏やかで美しい……」
彼の銀髪は、オレンジ色の夕陽に照らされ、淡く、儚げに輝いて見えた。
その横顔に垣間見えるのは、冷たい瞳の奥に隠された孤独と虚無、消えることのない、彼の抱える闇。
ラナスオルは彼をちらりと見やり、ふと呟く。
「この世界の人々は、自分たちの手で築き上げた光を、誰にも侵されることなく保っている……この平和は、きっと永遠に続くのだろう」
彼女の声には、羨望とも憧れともつかない複雑な感情が滲んでいた。
己の手でシードを斃し、ラナスの世界を救わねばならなかった――ラナスオルに刻みつけられた唯一の記憶が蘇る。
それは己の使命に従い、冷徹に貫いた選択だった。
あの世界では決して手に入らなかった平和が、ここには確かに存在していた。
それはあまりにも眩しく、手を伸ばせば届きそうな――儚い幻の光。
シードは何も言わず、その言葉を受け入れるように静かに景色を見つめていた。
二人は丘の上に腰を下ろし、言葉を交わすことなく、陽が落ち切るまでその光景を眺めていた。
* * *
「そろそろ行こうか」
ラナスオルが立ち上がろうと地面に手をついたその時、不意にシードの身体が傾ぎ、彼女の肩にもたれかかった。
彼女はその重みに一瞬心臓が跳ね上がり、息が詰まった。
「……シード?」
驚いた彼女は咄嗟に彼を抱き起こす。
ぐったりとした彼の意識は混濁し、苦しげな浅い呼吸を繰り返していた。
「まさか……ラナスの病が……! くっ、こんな時に……!?」
紫色の瞳が揺れ、血の気が引いていく。
彼女は焦燥に駆られながらも、彼をしっかりと支える。
「……大丈夫か!?」
呼びかけに応じない。微かに眉を寄せるだけで、意識が戻る気配はない。
(おかしいとは思っていた……今日一日、少し様子が違っていた……)
小さな違和感は確かにあった。
それを問いたださなかった自分の鈍さが、今になって彼をこんな状態にしている。
彼の浅い呼吸と力の抜けた身体を感じながら、彼女の脳裏に「死」の影がよぎった。
女神として、ラナスの世界を守るために彼を殺した、あの瞬間。
あの時と同じように、また自分の手の中で彼が命を落とすのか?
だが、ラナスオルはその影を全力で振り払った。
「君を……こんな場所で死なせるものか……!」
彼女はシードを抱き寄せた。
この腕から二度と離すまい――そう、強く誓いながら。