冷酷死霊術師とわがまま女神のリスタート 〜殺し合いの因縁を超えた先の、あまりにも短い幸福〜 作:えびふぉねら
シードは深く呼吸を繰り返しながら、自分の内側を満たしていく圧倒的な生命力を感じ取っていた。
身体の隅々にもたらされた新たな力――彼は、自分が何か別のものへ生まれ変わったかのような感覚を覚えた。
だが、その力に浸る余裕もなかった。
「……ラナスオル……」
その名を呼ぶ声は僅かに震えていた。
彼女の軽くなった身体をそっと抱き起こし、虚脱した顔を見つめる。
かつて神々しい輝きに満ちていた紫色の瞳は、今はどこか遠くを見つめるように虚ろだった。
「……あなたがこんな方法を選ぶとは……本当に、わがままで……愚かな女神だ」
そう呟くと彼は深く息をつき、彼女が最後に口にした言葉を反芻する。
「……僕の中で生き続ける……それで構わない……だと……」
彼女の頬に触れる指先が冷たい感触を拾う。それでも彼はそっとその頬を撫で続けた。
それは優しさや悲哀ではなく、まるで壊れゆくものを繋ぎ止めようとする痛ましい執着のようにも見えた。
「ラナスオル、僕があなたの神の力を奪うことで生き延びる。それがあなたの願いだったのかもしれないが……」
彼女の一つ一つの言葉を思い返すたびに、胸の奥が軋むような痛みが走る。
「……僕の中で生きると言うのなら、あなた自身が消え去ることを僕は許さない。あなたは『人として生きる』と言った……その意味を果たすのは、まだこれからだ」
シードの銀色の瞳が、微かに揺れながら彼女を見つめる。
彼女が彼のために、生きる未来を手放してしまったことへの憤りのようにも見えるが、彼の冷徹な仮面から真意を汲み取ることはできない。
「……僕は逃げない。だから、あなたも……」
その言葉に、ラナスオルがうっすらと目を開けた。彼女の視界にはシードの姿がぼんやりと映る。
彼を見上げる瞳には涙が浮かぶが、血の滲んだ口元からは満足そうな笑みが溢れていた。
「……シード……」
彼女の指が弱々しく動き、彼の頬に触れようとする。彼は何も言わず、その指が自分に触れるのを待っているかのようだった。
「わがままで、愚かで……最後まで君に迷惑をかけて……すまない……」
ラナスオルの紫色の瞳が曇っていく。
最後に焼き付けるようにシードを見つめる目から涙が零れ、頬を伝って流れていく。
「けれど……これが私の選択だ……」
ぼろぼろの左手が、ようやく彼の頬に触れた。その指先は小刻みに震え、今にも崩れ落ちそうだった。
(まだ、触れていたい。君の温もりを……このまま、ずっと……)
ラナスオルは目を閉じ、残された時間で指先に伝わる確かな鼓動を感じ続けた。
そして、静寂に溶けるように儚くか細い声が紡がれる。
「君を……人として愛せて……よかっ……た……」
それが彼女の最後の言葉だった。触れていた左手が力なく滑り落ち、眩い光に包まれ始めた。
ラナスオルの身体が淡く揺れたかと思うと、輪郭が霞み、霧散していく。
神性を失った彼女の存在そのものが、シードの腕の中から消えていく――。
「ラナスオル……」
彼女の姿が消える瞬間まで、シードは冷静であろうとした。だが、その手が微かに震えているのを誰も見ることはなかった。
「……『人として愛せてよかった』……」
その言葉を口にした時、彼の内に何かが重く響く。彼女の選択を否定することも、肯定することもできない自分に気づき、ただ沈黙するしかなかった。
静かに目を閉じ、彼女の残した言葉と光景を思い返す。
そして、深く息をついて再び目を開けると、その銀色の瞳にはどこか冷たさが戻っていた。
「……あなたのわがままに、最後まで付き合わされたものですね」
彼は立ち上がり、部屋を見渡した。そこにはもはや、彼女の痕跡など何一つ残されていない。
「……だが、あなたが残した『答え』は……確かに僕に何かを伝えた」
窓の外には冷たい夜空が広がり、白い雪が舞っていた。彼はその銀世界を徐に見上げながら、低い声で呟いた。
「ラナスオル……僕がこの世界に残った意味……いずれ見つけてみせる。あなたがそう望んだのなら」
その声は、彼の胸の奥にある重い決意を滲ませていた。
腕の中に微かに温もりを感じながら、弔うように言葉を紡ぐ。
「これが、あなたの願った『奇跡』……」
奇跡――。
それは、彼女が最後に残した、決して取り戻せない命の輝きだった。
その光を胸に抱き、彼は生きていかなければならない。
彼女が託した生の意味を、どこかに見出さなければならなかった。
千年、一万年、たとえ永劫の時を彷徨うことになろうとも――。