冷酷死霊術師とわがまま女神のリスタート 〜殺し合いの因縁を超えた先の、あまりにも短い幸福〜   作:えびふぉねら

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39話 雪の上に立つ者

 彼一人だけとなった聖夜。

 

 部屋の中は、あまりにも深い沈黙が横たわっていた。

 その静寂の中で、自分の鼓動がはっきりと耳に響く。

 

 ――生きている。

 しかし、それが彼にとって何の意味を持つのかはまだわからない。

 

 窓の外を見やると、冷たい雪が降りしきっていた。

 その白は虚無のような静けさに満ち、彼の心の隙間までも埋め尽くそうとしていた。

 

 かつて、シードは本物の女神ラナスオルと戦い「無」へ葬られた。

 しかし、幻のラナスオルは、彼にすべてを託し――神の力を宿して逝った。

 破壊と創造、そして彼女の生命の象徴そのもの。

 

 ――それは、彼が望んでいた「死」とは正反対のものだった。

 

 決して終わることのない「永遠の命」――。

 世界の理から切り離された存在。それが、今の彼だった。

 

 シードはゆっくりと自分の両の手を見つめる。

 その手は人間のものと何ら変わらない。しかし、内側に渦巻く神の力は、あらゆるものを創り、あるいは壊すことができる。

 

「……ラナスオル……あなたの命をもって僕に与えたこの力……それが何を意味するのか」

 

 窓辺に立ち、雪に覆われた街を見下ろしながら静かな呟きが溢れ落ちる。

 

 この幻の世界――「日本」。

 ここには人々の営みがあり、彼にとって未知の価値観と体験を与えた場所だった。

 

 しかしその一方で、彼の記憶の奥底にはかつての「ラナス」の世界の光景が蘇る。

 

 輝いていたあの世界、女神との戦い――そのすべてがシードの中に問いを投げかけていた。

 

「この世界が幻だとしても、ここには『人』の営みが確かに存在する。だが……僕が元の世界へ戻れば、『無』すらも超えた力で、何かを変えることができるかもしれない」

 

 雪に染まる街並みの中に広がる光の一つ一つが、かつてラナスで失われていった命の残像と重なるように見えた。

 

 眩しくて、それでも――儚い光。

 

 彼は瞼を閉じ、一度深い息をつく。

 

「……元の世界で何かを見つけられるのか。それとも、この幻の中で何かを築くべきなのか……」

 

 静かな思案が彼の胸を巡る。

 感情を排した思考の中でさえ、脳裏にこびりつく彼女の微笑みが消えずにいた。

 

 最後に見せた、あの穏やかな笑顔が。

 

 彼はまだ、その答えを持っていない。

 雪に覆われた街の喧騒は遠のき、彼の中に問いの余韻だけが響く。

 

「……答えを見つけるために、まだ道を歩む必要がある。ラナスオル……あなたが僕に残したものが、本当に奇跡だと言えるのかどうか……それを証明するのは、僕自身だ」

 

 冷たく、それでいて決意を込めた声で呟く。

 それが彼自身の意思なのか、彼女への無意識の執着なのかは、彼にはわからなかった。

 

 それでも、消え去ったはずの彼女の存在が、確かに彼の中に生きている。

 幻のラナスオルがすべてを賭けて託した「奇跡」。彼女の命の残響。

 

 その鼓動を感じるように、そっと胸に手を当てる。

 

(……進まなければならない)

 

 やがてシードは窓辺から離れ、無音のまま部屋を後にした。

 扉が閉じる音、廊下へ響く靴音――すべてが静寂に吸い込まれていく。

 

 雪の降りしきる夜の街の中、彼は歩き出す。

 その背に冷たい風が吹き、白い結晶が降り掛かった銀髪を揺らす。

 

 白銀の世界に、彼の孤独な足跡だけが刻まれていく。

 

「……これが僕の選択だ」

 

 彼の声はすぐに雪に溶けて消え、その姿は深い闇へと遠ざかっていった。

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