冷酷死霊術師とわがまま女神のリスタート 〜殺し合いの因縁を超えた先の、あまりにも短い幸福〜 作:えびふぉねら
シードの放った創造の力によって、日本の世界は一つの次元として再構築された。
「無」から生まれ「幻」としてしか存在しなかったその世界は、今や確かに現実のものとなっている。
彼の銀色の瞳が見渡す限り、陽が上り、時が流れ、偽りならざる生命が息づく。
ここはもはや虚無の狭間に漂う夢ではない。
それは同時に、彼自身が「無」を超越し、一柱の神として確立されたことを意味していた。
神は世界を創り、守り、君臨する存在。
しかし、彼にとってそれはただの「結果」に過ぎなかった。
* * *
それから、数年後――。
公園に佇むシードの前に一人の少女が現れた。
石膏像と見まごう程の白い肌、陽光に透ける美しく長い白髪、そして神々しく輝く紫色の瞳を持つ少女。
彼女の姿には、かつて彼が知る、そして決して忘れることのないもの――「ラナスオル」の面影がはっきりと浮かんでいた。
だが、目の前の少女は確かに「別の存在」だった。
「お兄ちゃんがシードさん?」
澄んだ声が一陣の風のように響いた。
少女の純粋な問いかけに、彼は銀色の瞳を細める。
「ずっと探してた」
そう言うと、少女は一歩、また一歩と彼に近づいた。
「私、パパもママもいないの。でも、頭の中で、銀色の髪と目のお兄ちゃんのことを考えてた。やっと会えた。嬉しい」
次の瞬間、少女は彼の足元にしがみついた。小さな両腕がためらいもなく彼を包み込む。
彼は一瞬身じろぎするものの、彼女を突き放そうとは思わなかった。
だが、応えることもせず、銀色の瞳で静かに問いかける。
「……どうやら君は、僕の名前を知っているようですね。そして、どうしてか僕の姿を探していたらしい」
冷静な口調で語りかけながらも、心の奥にかすかなざわめきが生じているのを感じた。しかし、それを表に出すことはしない。
(あまりにも「彼女」に似すぎている……)
彼女は、シードが無意識のうちに生み出した被造物なのだろうか。
彼は少女の姿を静かに見下ろし、その紫の瞳に宿る懐かしさに一瞬だけ表情を曇らせた。
だが、すぐに冷静さを取り戻し、淡々とした声で話し始める。
「僕は君に会った覚えがない。父親も母親もいないと言ったが……君が何者なのか、どうして僕を知っているのか――そこから説明してもらえますか?」
少女は彼の問いかけに応じるように、紫の瞳をまっすぐに向けた。
すると途端に瞳は泳ぎ出し、途切れ途切れに答えようとする。
「私……私の名前は、ら、な……ラナス……オル……?」
その名を耳にした瞬間、シードの息が一瞬だけ止まる。
――彼の胸の奥に眠っていた記憶の扉が、少女の声によって開かれたような気がした。
「……ラナスオル、か」
そう溢したシードの声は冷たく、どこか重々しかった。
「君がその名前を口にする理由はわからないが……それはかつて僕が決して忘れられない存在のものだ。そして君がどうして僕の名と姿を覚えているのか――それがただの偶然とは思えない」
ラナスオル――それは、彼にとってあまりにも重い名だった。
しかし、目の前の少女はそんなことなど知るはずもなく、無垢な瞳で彼を見上げている。
やがて、あどけない声音で彼女は答えた。
「私は、気がついたらここにいたの。クリスマスの夜、ひとりぼっちでここにいたの。他になんにも思い出せない。でも、シードさん、あなたの姿と名前だけ、頭の中にあったの」
彼女の小さな指が、ぎゅっとシードの黒衣の裾を握る。
少女はふわりと香る香水の匂いに顔を埋めながら、彼の足元に抱きついたまま呟いた。
「この香り……なんだか懐かしい。なんでだろう? ねえ、もしかしてあなたは私のパパなの?」
シードは黙ったまま少女を見下ろす。
その瞳の奥で揺らめく何かが、少女の姿と重なろうとしていた。
やがて彼はゆっくりと膝を折り、少女の目線に合わせた。
「……僕が君の父親かどうか、それは現時点では答えられない」
淡々とした声音の中に、微かな探究心がざわめく。
「だが、もし君が『ラナスオル』という名を受け継ぐ存在であるのなら、君の記憶と存在の真実には、僕が向き合う必要があるのだろう」
彼は一瞬視線を逸らし、天を仰ぐように目を閉じた。
記憶の奥に、幻のラナスオルとの短い時間が蘇る。
――彼を救い、人として愛し、消え去った女神の幻。
その面影を持つ少女が、今ここにいる。
「……少女よ」
シードは彼女の頭にそっと手を置き、低い声で続ける。
「君の存在は、君自身も知らないほどの意味を持っているのかもしれない。そして僕が君に何を返せるのかは、これから問わなければならないだろう」
少女は彼の言葉を聞きながら、不安げにまばたきした。
「……だがまずは、その曖昧な記憶を取り戻すことから始めよう。君がどうしてここに現れ、僕を探し当てたのか――それがわかるまでは、僕が君を見捨てることはない」
そう言いながら、彼は魔術で少女の記憶を探ろうとする。
しかし――
彼女の過去は、降り積もった雪のように空白で覆い尽くされていた。
彼の銀色の瞳は、目の前の小さな存在を捉えながら微かに揺れていた。
それは、かつて自身が見つけられなかった「答え」を探すための、新たな旅路の始まりだった。