冷酷死霊術師とわがまま女神のリスタート 〜殺し合いの因縁を超えた先の、あまりにも短い幸福〜 作:えびふぉねら
それから――十数年が過ぎた。
神となり、永遠の命を持つシードにとって、この年月は一瞬の出来事のように感じた。
しかし、この「一瞬」は、彼の中で確実に何かを変えつつあった。
――目の前にいる彼女の存在が、それを物語っている。
成人したラナスオルの姿は、まるでかつての女神を思わせるようだった。
陽光を浴びて白く輝く髪、透き通るような紫色の瞳――彼の記憶に焼き付いて離れないあの神の姿と重なる。
しかし、その立ち振る舞いや言葉遣いには、彼女自身の新たな個性が宿っていた。
「シードさん! お帰りなさい! 今日も外は平和だった? 今日の夕ご飯はシーフードドリアに……あなたの好きなプリンもつけちゃった!」
彼女は無邪気な笑みを浮かべながら、エプロン姿で居城の広間に現れた。
神ではなく、ただの一人の女性として。
平凡で親しみやすい言葉と仕草は、あの女神の威厳を忘れさせるほど柔らかかった。
扉を開けたシードは、成長した彼女の姿をじっと見つめる。
かつてのラナスオルと瓜二つの容姿に懐かしさを覚えつつも、どこか違う彼女の雰囲気に新鮮さと安堵を感じた。
「ただいま。外は平穏でしたよ。特に問題はありません」
抑揚のない声でそう返しながらも、視線は自然と彼女の手元へと向かう。
石のテーブルの上に用意された料理には、彼の好物ばかりが並んでいた。
「……君が用意した料理のメニューも、今日は僕の好みに合わせているようですね。実に感心すべき執念だ」
「えへへ、あなたがちゃんと食べてくれるのが嬉しいから!」
シードは僅かに口元を緩め、目の前で忙しく立ち回るラナスオルの仕草を観察する。
軽く皮肉を込めたつもりだったが、彼女はまったく気にすることなく嬉しそうに微笑んでいる。
その様子は、人間らしい生活を謳歌しているかのようだった。
彼女の行動には、理由も計算もない。ただ、純粋に「そうしたいから」そうしているだけなのだろう。
それが、彼には少しだけ不思議に思えた。
「君は本当に、かつてのラナスオルとはまるで別人のようです。威厳に満ちた神というより、『人間らしい女性』になったと言うべきか」
一度言葉を切り、彼女をじっと見つめながら問いかける。
それはあくまで観察者としての純粋な興味のはずだった。
「……君は、今の自分に満足しているのですか? かつての『ラナスオル』の影を背負いながらも、こうして人として振る舞っている自分を」
――彼女は、自分を「ラナスオル」として捉えているのか?
ただの偶像としてではなく、自らを一人の存在として確立しようとしているのか?
シードは、己の内に浮かぶ問いに答えを見出せないまま、そっと彼女を見つめ直す。
彼女が「神」としての運命から解き放たれ、人として生きることを「選んだ」姿。
彼が無意識に創造した今の彼女――それが、彼女が救われた証だと言えるのなら。
「僕には、君がその答えを見つけているように見えます」
自分がこの場所に留まり続ける理由も、少しだけ意味を持つのかもしれない――。
そんな希望を信じかけている自分に、彼は気づいた。
長い年月を経て、変わらなかった静寂の中。
目の前の彼女だけが、確かに何かを変えていた。