冷酷死霊術師とわがまま女神のリスタート 〜殺し合いの因縁を超えた先の、あまりにも短い幸福〜   作:えびふぉねら

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47話 永遠の命と有限の愛

 それからまた、長い時が流れる。

 

 ラナスオルにとっては数十年という長さだったが、神であるシードにとっては儚い一瞬のように感じられる年月だった。

 

 彼女は、シードが君臨したこの日本で人として生まれ、人として老いた。

 何も特別なことはない、数ある人間の中の一人の普通の人生だ。

 だが、彼女が刻んだ時間は、彼には確かな重みを持って積み重なっていた。

 

「シード……さん……」

 

 掠れた声が耳に届く。

 

 居城の一室のベッドで、老いたラナスオルは静かにその命を終えようとしていた。

 かつて神々しい美しさをたたえていた彼女の姿は、時間の刻印を受け入れ、今や穏やかな老いに包まれている。

 

 それでも、彼女の紫色の瞳は、時を超えてもなお目の前の変わらぬ神を映し続けていた。

 

「ああ、死にたくないな……」

  

 か細い腕を伸ばし、しわがれた声でシードに語りかける。

 幾度となく彼を抱きしめたその手も、指先も――力なく、今にも崩れ落ちてしまいそうだった。

 

 しかし、最後の瞬間まで彼の隣にいたいという執念のような想いが、かろうじて彼女の命を繋ぎ止めていた。

 

「また……あなたを……孤独にしちゃう……」

 

 皺に包まれた瞳には涙が浮かび、雫となって枕へ流れ落ちていく。

 指先が震えながら、彼の手を探るように動く。

 ベッドの傍らで座るシードは、その手を優しく包み込んだ。

 

「……君は、最後の瞬間まで僕のことを気にかけるのですね」

 

 淡々とした口調だったが、微かに感情が揺らぐ。

 

 ラナスオルは薄く笑いながら、息を整えるように一度目を閉じた。そして、再びゆっくりと彼を見上げる。

 

「ずっと待ってたけど、まだ……あなたの答え、聞いてなかった……。教えて……あなたは……私といて……楽しかった? 幸せ……だった……?」

 

 その問いかけは、彼女が長い年月ずっと心の奥で抱え続けていたものだった。

 シードの心の扉を叩きながら、最後の最後まで彼の答えを求めていた。

 

 だが、彼にはわからなかった。

 

 彼は幸福という感情を持たない。愛も理解できない。

 ただ、彼女が隣にいることは、決して悪いものではなかった。それだけは確かだった。

 

 シードは彼女の手をそっと握り締めた。

 次第に温もりの消えつつある細い手。それは永遠を生きる存在である彼とはあまりにも対照的だった。

 

(なぜ……君はここまでして僕に縋ろうとするのか)

 

 シードの胸に、言葉にならない痛みが広がる。

 

 自分のそばにいることは苦しみを生むだけだと諭したことさえあった。

 それでも彼女はシードの隣にいた。ただ彼のそばにいるために生きてきた。

 

 ――有限の命を燃やし尽くし、彼の孤独を壊すためだけに生き続けた。

 

「……君は、本当に愚かだ」

 

 溢れ落ちた彼の言葉は冷たい。しかし、かつての冷徹さとは違い、どこか人間らしい優しさを帯びているようだった。

 彼女の手をしっかりと包み込みながら、静かに言葉を続ける。

 

「君との時間が僕にとって意味のあるものだったのかどうか……それを問うこと自体が、無意味だと思っていた。だが、君が最後にそれを聞きたいというのなら――今の僕には、こう答えるしかない」

 

 シードはラナスオルの顔をじっと見つめ、低く、真摯な声で語りかける。

 

「君と過ごした時間は……僕にとっても特別だった。楽しかったか、幸せだったか――そんな感情が僕にあるのかはわからない。それでも、君が僕のそばにいたことで、僕の世界が変わったことは確かだ」

 

 彼女の手を胸元に引き寄せ、消えゆく温もりを確かめるように握り締めた。

 

「君がいたから、僕は孤独ではなくなった。それを『幸せ』と言うのなら……そうだ、僕は幸せだった」

 

 愛。幸福。そんな感情が何かすら理解できぬまま――失われゆく彼女の存在が痛みを残していく。

 

 少し間を置き、最後に小さく息をついて付け加える。

 

「……だから、君が何も心配する必要はない。君が選んだ生き方も、その最期も……僕がずっと見届けている」

 

 彼女の手をそっと握り直し、祈るように目を閉じる。

 

「ありがとう、ラナスオル。君は……僕にとって、唯一の『人間』だった」

 

 その言葉を聞いた瞬間、ラナスオルは安堵の笑みを浮かべた。

 

 最後の力を振り絞るようにシードの手を握り返し、紫色の瞳を閉じる。

 睫毛から、儚い一筋の光が零れ落ちる――

 

「うふふ……よかった……」

 

 彼女の表情は、どこまでも満ち足りたものだった。

 

 シードの言葉と温もりの中、ラナスオルは静かに眠るように旅立っていった。

 

(あなたをずっと見守り続ける……ありがとう……私の……たったひとりの神様……)

 

 そんな声が、風にさらわれたように微かに、彼の耳元で聞こえた気がした。

 シードは微動だにせず、消えゆく彼女の温もりを指先に焼き付けたまま、安らかな顔を見守っていた。

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