冷酷死霊術師とわがまま女神のリスタート 〜殺し合いの因縁を超えた先の、あまりにも短い幸福〜 作:えびふぉねら
シードは静かに目を閉じ、老いた彼女の眠る姿を見つめていた。
最後の笑みと涙が、彼の胸の奥に深い静寂を刻んでいく。
そして冷たい水底に沈んでいくかのように、彼の内側に虚空が広がった。
ラナスオルは、生涯をかけて彼とともに在ることを選んだ。
彼の孤独を壊し、彼の隣にいることで、ただ彼という存在を肯定し続けた。
そして老い、最期の瞬間まで彼に手を伸ばしながら、安心したように目を閉じた。
――ラナスオルはもういない。
愛も幸福も理解できなかった彼が、今この瞬間経験する「喪失」という感覚――それは、冷徹な銀の瞳の奥に一瞬の光を宿し、そして飲み込まれるように消えていった。
微かに耳に残る声――それが現実なのか、彼の心の残響かはわからない。
しかし確かに、彼の中で何かが変わり、そして何かが終わったのを感じていた。
「……そうか」
シードはそう呟きながら、彼女の手をそっと胸元に戻す。
その手はかつて神の力を司り、創造を行い、彼を救い、そして最後に自分自身を捧げて彼の生を繋ぎ止めた手のようだった。
「君が僕を見守ると言うのなら……それもまた、君の愚かな選択なのだろう」
その声には皮肉も冷たさもなかった。
かつての彼ならば、そう言い捨てて終わりにしていたかもしれない。
しかし今は、彼女の言葉を受け止め、その遺志に寄り添うような微かな温もりがあった。
やがて、彼はゆっくりと立ち上がる。
広い居城の空間を見渡せば、そこには彼が選び取ったはずの「孤独」だけが広がっていた。
今この場所に響くのは、自分の衣擦れの音と、微かな風の流れる音だけだ。
まるで時間が止まってしまったかのような静寂が支配している。
だが、そこには彼女が命を燃やして残した温もりの痕跡が確かに焼き付いていた。
長い年月を共に過ごし、彼の隣に立ち続けた彼女の存在は、もはやこの場所の一部になっていた。
彼女が触れた書物、彼女が歩いた床、彼女が時折窓辺に立ち、遠くを眺めていた場所――
どこを見ても、彼女の記憶が刻まれている。
彼は無意識に拳を握り締めた。
決して戻らぬものへの未練なのか、痛みから気を逸らすためか。彼自身にもわからない。
「だが、君がそう望むのなら……」
そう言いながら、彼は遠くを見つめる。
この先の時間をどうするべきか、その答えをまだ持っているわけではない。
それでも、ただ立ち尽くすことが正しいとも思えなかった。
「この力と存在を無駄にしないよう、僕も答えを探そう」
永遠の命、絶大な力、神としての孤高の存在。
しかし、それが何のためにあるのか――彼女と生きた時間の中で、その答えを見つけられたのか。
あるいは、まだ探し続けるべきなのか
――それを彼自身が見出すための長い旅が始まろうとしていた。
シードは静かに居城内を見渡した。
その視線の先には、まるで彼女がまだそこにいるかのような錯覚がよぎった。
彼の中で鮮明に蘇る彼女の声、笑顔、涙――そして何より、彼を「神」としてではなく「シード」として見つめ続けたあの優しい紫色の瞳。
銀色の瞳を閉じ、短く息をつく。
そして、彼はゆっくりと歩き出した。
彼が歩く限り、彼女との記憶は決して消えることはない。
彼が存在する限り、彼女の生きた証もまた、この世界に残り続ける。
(僕が歩き続ける限り……君はずっとここにいるのだろう)
その背中には、彼女と過ごした時間が確かに刻まれていた――
永遠を生きる神であっても、忘れることのない唯一の『人』との日々が。