冷酷死霊術師とわがまま女神のリスタート 〜殺し合いの因縁を超えた先の、あまりにも短い幸福〜   作:えびふぉねら

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 ――千年後。

 

 シードは居城の庭に佇み、朽ち果てかけた二つの墓を見下ろしていた。 

 

 冷たい銀色の瞳が墓石に刻まれた文字を追う。しかし、もはや雨風に晒され名前すら判別できないほど風化していた。

 

 だが、それが誰のものだったかを、彼は知っている。

 記憶は消えない。決して忘れることができない。

 

 墓前の石畳の上には、朽ちて原型を失いながらも、かろうじて長方形の形を留めた遺品がふたつ置かれている。

 かつて自分たちが大切にしていたもの。

 触れることすらためらうほど、脆く、儚いもの。

 

 風化したそれに、もはや機能など残されていない。

 それでも、シードはそれらを捨てようとはしなかった。

 

「……なぜ僕はここにいる?」

 

 彼は問いかける。墓は何も語らず、風が吹き抜ける庭でその声は掠れた音を伴い虚空へと消えていく。

 銀色の瞳が僅かに揺れながらも、その表情には感情の色がない。

 ただ、胸の奥に絡みつく得体の知れない思いが、じわじわと広がり続けていた。

 

「……僕は、何をしていた?」

 

 再び自らに問いを投げかける。

 

 千年。

 

 それは長い時間だった。

 数え切れない程の昼と夜が過ぎ、季節が巡り、人の営みが変遷していった。

 

 だが、彼は変わらなかった。

 

 その身は衰えず、時間の流れに縛られることもなくそこに在り続けた。

 しかし彼の手には――何も残っていない。

 

「力を手に入れた。永遠の命も与えられた……だが、それで何を成す? 何を得る? 一体何が残る?」

 

 無機質な問いかけ。

 返事など返ってくるはずもない。風だけが彼の銀の髪を撫でていく。

 

 視線を墓から遠ざけ、遥か彼方の空を見上げる。

 冷徹な表情に、影が差し込むように僅かな感情が浮かび上がった。

 

「……『愛』だと? 『生きる価値』だと? どちらも手にした記憶がある……だが、それらが僕に何をもたらした?」

 

 再び墓に目を戻し、眉を僅かにひそめる。

 静かな苛立ちとも、悲しみとも取れるその表情は、彼の中の葛藤を映し出しているかのようだった。

 

 シードは墓前に膝をつき、手を伸ばした。

 もう見えないもの、そこには存在しないものを求めるように。

 しかし、その指先は何も掴めなかった。

 

「君たちは、僕に何を託そうとした? なぜ僕に、この永遠という『呪い』を押し付けた……?」

 

 胸の奥に張り付くような違和感。それはもはや痛みと呼べるものではなかった。

 もっと冷たく、もっと深い――永遠の孤独が生む、虚無。

 

 千年の時を超えてなお、彼は「答え」を見つけることができないままでいた。

 幸福とは何か。愛とは何か。

 彼女たちが命を燃やして訴えたものが、彼の中で形を成すことはなかった。

 

 だからこそ、彼は神であることを選ぶしかなかった。

 愛を理解できぬまま、幸福の意味を見出せぬまま、彼は異形の存在へと変わり果てようとしていた。

 

「……もういい」

 

 墓前で長い沈黙が続いた後、彼はゆっくりと頭を垂れる。そして、冷たく鋭い声で呟く。

 

「……答えが見つからないのなら、この呪いごと消し去るまでだ。答えを探し続ける行為そのものを、僕の手で終わらせる」

 

 銀の瞳に宿る光が冷たく鋭く収束していく。

 

「……答えを見つけられないということ。それがこの呪いの『意味』だというのなら、僕自身がその意味を破壊してみせる」

 

 彼の周囲に青白い異形の炎が灯る。

 それは永遠の命を持つ神としての力――

 

 そして、千年を越える孤独という名の「呪い」そのもの。

 

 しかし、その炎の中に宿るのは破壊の衝動ではなかった。

 何かを掴もうとする最後の悪あがき。

 

 答えがないなら、答えそのものを破壊して、その先に何かを見つける。

 それが「神」としての自分の生き方なのかもしれないと、彼は皮肉にも思った。 

 シードは二つの墓を背にし、振り返ることなく居城を後にする。

 もうそこには何も残されてはいない。

 

 

   * * *

    

 

 上空から、自らが神として君臨した日本の世界を見下ろす。

 

 彼が「無」の中で見た幻――それが、神の力によって独立した次元として成り立っている場所だ。

 魔力も精霊も存在しないこの平和な世界では、彼が追い求める「答え」を見つけることは叶わなかった。

 

 彼は静かに手を掲げ、空間を捻じ曲げる。渦巻く魔力が宙に裂け目を生み出し、次元の歪みが広がっていく。

 銀の瞳に冷徹な決意が宿り、その視線の先には新たな世界が覗いていた。

 

 故郷「ラナス」。

 女神ラナスオルが統治する、精霊と魔法に満ち溢れた美しき世界。

 彼がその生を賭して女神に挑み、相打ちとなった場所。

 神としての存在の果てを求めるなら、そこしかない。

 

「……この世界も、所詮は『幻』の残滓だ。君たちが遺した愛だの幸福だのという概念も、この場所では答えをもたらさなかった」

 

 彼は足元に広がる椋実区の街並みを見下ろすが、その表情には感慨の色はなかった。

 空間の裂け目がさらに広がると、彼は一歩を踏み出す。

 

「ラナス……僕の足跡が残り、かつて女神と争った場所。そこに何が待つのか、今の僕にはわからない」

 

 最後に日本の世界全体を見下ろし、かつての幻のラナスオルと人間のラナスオルの記憶が一瞬脳裏を掠めた。

 

「……君たちは、僕に『人』を生きろと言った。だが、『神』としての僕には、それは不可能だった」

 

 裂け目を静かに跨ぎ、足を踏み入れると、風に舞うような声で呟く。

 

「……ならば、神としての在り方の果てを追い続けるまでだ。ラナスで、力の極致を見出そう」

 

 空間が閉じていく直前――

 耳元で微かな声が響いた気がした。

 

『あなたが幸せになるまで、ずっと見守っているから』

 

 彼は振り返らなかった。幻聴だとしても、今さら何の意味もない。

 神としての道を進み、終わりを求める。それが、彼に残された唯一の選択。

 歩みを止めることはなかった。 

 

 異形の神は、ついに故郷の地「ラナス」に足を踏み入れた。

 その背後には、居城、墓、そして穏やかだった幻の世界が遠ざかっていった――まるで、彼の記憶から消え去るかのように。




※ここまでお読みいただきありがとうございました。
次話から「2章 ラナス編」になります。
花粉症が酷すぎるので改稿が遅れるかもしれません。
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