冷酷死霊術師とわがまま女神のリスタート 〜殺し合いの因縁を超えた先の、あまりにも短い幸福〜 作:えびふぉねら
50話 ラナスの地へ
――ラナス帰還。
シードがその地に降り立った瞬間、足元を吹き抜ける風が黒衣を揺らし、しっとりとした土の感触が靴底を伝った。
かつて自らが破壊と混沌をもたらし、命を奪い尽くした地。
そして女神との激しい戦いの余波で崩壊した世界。
彼は銀の瞳を細め、周囲を見渡した。
――しかし、そこには驚くべき光景が広がっていた。
枯れ果てていたはずの大地は豊かな緑に覆われ、清らかな風が精霊たちの囁きを運んでいる。
海の煌めきは七色を宿し、澄み切った空には輝く陽光が降り注いでいた。
神と人の戦いによって荒地と化したラナスは、再び精霊と魔法に満ち溢れた美しい世界を取り戻していたのだ。
「……なるほど」
彼は足を止め、無機質な声で呟く。
その表情に感慨や動揺の色は一切なかった。冷徹な観察者として、目の前の現実を受け入れるのみ。
「世界は再生した。だが、それは過去の過ちを帳消しにするものではない。かつてここで流れた命は戻らない」
彼は一歩踏み出す。
「この再生が僕に力を試す機会を与えたのなら、それもまた運命というものだ」
彼の足元からじわじわと広がる青白い魔力の波動が、ゆっくりと周囲の命を侵し始めていた。
大地が灰色に変わり、瑞々しかった葉は音もなく枯れ落ちた。
空を踊る精霊たちの囁きは次々と途絶えていく――
世界の命は、彼の存在そのものに抗うことすら許されず、静かに潰えていく。
その消失を見下ろしながら、彼は冷たい声で呟いた。
「力こそ全て――それは、初めから揺らぐことのない真実だ。僕の存在がこの地を侵し命を奪うなら、それもまた必然」
一瞬、彼の銀の瞳が空を見上げる。そこには僅かな迷いの色が浮かんでいた。
しかし、その感情もすぐに掻き消される。
「答えが見つからないのなら、この力の極致でそれを形作るまでだ」
その声には揺るぎなき決意が宿り、過去の迷いも葛藤も振り払う。
何者も救わず、何者にも救われない。
力を求めた先にあった孤独と虚無にさえ、もう何も感じなくなっていた。
再生された大地の命は、再び彼の手によって散っていく。
その姿は、まるでかつて死霊術師として恐れられたシードが蘇ったかのようだった。
彼の内には、かつての幻のラナスオルや、人間のラナスオルの声が微かに残っている――しかし、彼の歩みを止めるには至らない。
この地で何を成すべきか、それを決めるのは己の力と意志だけ。
* * *
シードは歩き続けた。
その先にあるものが何なのかもわからずただ黙々と、自身の存在の意味を試すように命を蝕む行為を繰り返す。
彼の眼前に広がる全てが色褪せ、朽ちていく。
息を吸い込めば、草木のすえた空気が肺を満たす。
(僕はこのまま、この世界とともに「呪い」と化すのか……)
答えを探し続ける行為を「終わらせる」こと。
それが彼にとっての唯一の「答え」だった。
腕を広げ、滅びの無音の中に身を委ねる。
それは「無」の底の静寂のようでもあり、不思議と心地よく感じた。
――その時。
一陣の風が大地を吹き抜け、空が大きく揺れた。
(……今のは、まさか……)
その中に生まれた、かつて彼を無に葬り去った存在の気配――それは、確かにあの女神ものだった。
空間に漂う、微かな神性の残滓。
それは忘れようとしても決して忘れられないもの。
シードの澱んだ銀の瞳が空を見上げた。
その瞳は冷徹さを湛えながらも、僅かな驚きの色が差し込んでいる。
雲の隙間の光の軌跡をなぞるように見つめると、そっとその名前を紡ぐ。
「ラナスオル……?」
永遠の命を背負う彼の口から零れ落ちた女神の名が、風の中に響いた。