冷酷死霊術師とわがまま女神のリスタート 〜殺し合いの因縁を超えた先の、あまりにも短い幸福〜 作:えびふぉねら
舞い降りた純白の姿が、ラナスを蝕む異形の存在を捉えた。
空を裂く光とともに降り立ったのは、破壊と創造を司る女神――ラナスオル。
「まさか……君は……シード……!?」
その名を呼ぶ声は震え、驚愕と困惑が入り混じる。
彼女は反射的に拳を握り構えをとるものの、動くことすらできずにいた。
石膏像と見紛うほどの白い肌、長く美しい白髪、そして深い紫色の瞳――彼女は約千年前、死霊術師シードとの戦いで命を賭し、「無」を生み出して滅びた。
彼女の魂は神の理に従い再誕の循環へ還り、長い眠りについていた。
そして今まさに甦り、ラナスの世界を再構築していたのだ。
その神々しい姿が、再びシードの前に立ちはだかる。
ラナスオルは自身の記憶と目の前の現実を整理しようとしながら、声を震わせ続けた。
(バカな……そんなはずはない……!)
彼女の脳裏に焼き付いているのは、あの最期の瞬間。
自らを犠牲にして生み出した「無」の闇が、シードの肉体も魂も完全に飲み込んだはずだった。
神の理によって輪廻から外れ、世界のどこにも存在しないはずの男。
「……君は、千年前に私が『無』をもって葬り去ったはず……君の肉体も魂も、もうどこにも存在しないはずなのに、なぜここにいる?」
ラナスオルの瞳に宿るのは、圧倒的な威厳と神性――だが、その奥底には混乱と戸惑いが見え隠れしていた。
胸の奥に広がる疑念と恐れを押さえ込めず、ドレスに包まれた全身が強張る。
シードはその視線を受けながら、冷徹な銀の瞳で彼女を見据える。
その表情には動揺も感情も見られない。そして徐に言葉を紡ぐ。
「……久しいですね、ラナスオル」
淡々と、それでいて無機質な声が静寂を切り裂く。
その声にはかつての戦いで交わした敵意の余韻すら欠片も残っていなかった。
(この気配……まるで……人ですらない……)
ラナスオルは戦慄した。
あの時のシードは、まだ「人間」だった。
禁忌に堕ち、命を弄ぶ狂気を抱えながらも、瞳の奥にはほんの僅かな葛藤や寂寥が宿っていた。
だが今の彼の瞳には何も感じられなかった。
ただそこにあるのは、底の見えない虚無。
「あなたが再び目覚めたことは興味深い……ですが、それ以上に興味を引くのは、このラナスの世界がこうして再生されているという事実です」
彼は目を細め、周囲の景色を一瞥した。
緑豊かな大地、美しく輝く精霊たち――それらが、シードの魔力の波動によって次々と命を散らせていく。その光景を指し示すように手を伸ばす。
「千年前、僕を『無』に葬り去ったあなたの意思。それに従えば、僕はここに存在するはずがない。ですがご覧の通り、こうして再び立っている」
彼は一歩前に進み、鋭い視線でラナスオルを射抜いた。再会を懐かしむような素振りはまるでない。
冷たい瞳には異形の青い光が灯り、彼女の胸奥を貫くような威圧感を放っている。
「……さて、質問に答えるべきは僕ではなく、あなたの方ではありませんか?」
彼の声が一層低く、冷たく響く。
「なぜ、再び『神』としてこの地に目覚め、僕の目の前に立っているのですか?」
ラナスオルはその問いに即座に答えることができなかった。唇を噛み、胸の奥に湧き上がる不安を押し殺そうとする。
彼女は使命のために還ってきた。それなのに、命を賭して葬ったはずの男が目の前にいる。その理不尽な現実に心を揺さぶられる。
「く……っ!」
シードは彼女の沈黙を受け、僅かに口元を歪め皮肉げな口調で続けた。
「……あなたの神としての使命は終わったはず。なのに、再びこの地を再生させる意味とは……いえ、いっそ聞くまでもないかもしれませんね」
彼の言葉が鋭く突き刺さるように続く。
「所詮、神とは繰り返すだけの存在に過ぎないのですから」
その言葉は、彼女にとって軽蔑以外のなにものでもなかった。
使命に生き、使命に殉じ、そして再びこの地に戻った女神ラナスオル。
たとえ千年の眠りを経ようとも、その意思が揺らぐことはない。
(繰り返すだけの存在……だと……!?)
女神の右手がゆっくりと握り締められる。
風が吹き抜ける中、大地の精霊たちの囁きが静まり、完全に途絶えた。
再び相対した二柱の神の間に、冷たく張り詰めた沈黙が訪れた。