冷酷死霊術師とわがまま女神のリスタート 〜殺し合いの因縁を超えた先の、あまりにも短い幸福〜 作:えびふぉねら
女神ラナスオルの紫の双眸が、怒りに色濃く染まった。
彼女は深く息を吸い込み、目の前の男を睨み据える。
「どうやら夢でも幻でもない……本物の君のようだな」
低く押し殺した声には底知れぬ威厳と憤り――そして絶望が宿っていた。
彼から受けた侮辱を噛み締めると、鋭利に言葉を続ける。
「だが、あの時とは違う……この神々しくも禍々しい気配……君は……人を捨て去ったのか。なんと愚かな……!」
空気を震わせる怒気が、辺り一帯に満ちていく。
周囲に僅かながら残っていた精霊たちが一斉に怯え惑う程に、彼女の言葉は断罪そのものだった。
千年前、この男が何をし、どれ程の命を奪い、世界にどれ程の災厄をもたらしたか――忘れるはずもない。
だが、ラナスオルが命を賭してまで彼を「無」に葬り去ったはずだったのに、今こうして彼女の目の前にいる彼の姿は、人間だったあの頃よりもずっと昏く、冷たくなっていた。
「私は永遠の命を持つ神だ。たとえ滅びても、長い眠りの果てに再誕する。それが私の存在意義」
それは、神として生まれた者が背負う永遠の責務。
何度滅びようとも、使命の名のもとに蘇る、繰り返される輪廻の理。
「ラナスは私が統治する世界。この世界を守るという使命が消えることは永遠にない」
それが自分という存在であることを、ラナスオルは誰よりも理解していた。
(無意味な繰り返しだとしても……私は守らなければならない)
彼女は右手をゆっくりと掲げた。
その手には三位一体の神の力――破壊を司る右手「セヴァスト」が宿る。
破壊の力が具現化し、発光を始める。
「死霊術師シード……いや、今の君は……呪いを振り撒くだけの哀れな異形……! 死して朽ち果てるがいい……!」
腰を落とし、深く息を吐く。拳に力が収束していく。
かつて幾度となく彼を傷つけた、圧倒的な
しかし、それを見てもシードは一切動じなかった。
彼の銀色の瞳は、虚無の底から這い上がった亡霊のようにラナスオルをじっと見据え続ける。
その表情には恐れも動揺も微塵も見られない。むしろ、僅かに冷笑さえ浮かんでいた。
「愚か、ですか……」
嘲笑と皮肉を滲ませた声が響く。
「その言葉、何度も聞いた覚えがありますね」
彼は徐に一歩を踏み出し、周囲を撫でるように緩やかに手を伸ばした。
再生されたはずの大地が枯れ果て、精霊たちが散っていく様を指し示す。
「見渡してみるがいい、ラナスオル。この世界に再び命を吹き込んだあなたが、僕と対峙し、争いを繰り返す……その行為に、疑問を持たないのですか?」
彼は視線を彼女の右手――破壊の力が宿るセヴァストへと向ける。
まるで無意味な存在を見るかのように、青銀の眼差しは冷たく鋭い。
「確かに、僕は人を捨て去りました。そして、『力こそが全て』という真実を改めて確信した」
彼の言葉は、ラナスオルの使命と存在そのものを揺さぶる。
「……あなたの使命など、結局は終わりのない繰り返しに過ぎない。それを維持するためにどれだけの命が犠牲になろうと、あなたは構わないのでしょう」
ラナスオルは唇を噛み反論しようとしたが、その前に彼の言葉が続いた。
「だが僕は違う。自らの繰り返しを断ち切るために、力の極致を目指している。たとえこの世界を『呪い』と化そうとも――」
彼の周囲に青白い魔力が渦巻き始めた。それは重くたなびく威圧感を伴い、精霊たちを巻き込みながら辺りを飲み込んでいった。
ラナスの生きとし生けるものが、シードという存在そのものを拒絶するかのように、異形の呪いに侵されていく。
(ラナスオル……この「永遠」という苦しみ……あなたは理解できるのか?)
一瞬、彼女を一瞥する瞳の奥に儚げな光が宿るが、それもすぐに消えた。
かつての死霊術師の力を遥かに超えた、異形の片鱗。
もはや「生」の概念とは相容れない呪われた力。
「くっ……!?」
ラナスオルは、その息の詰まるようなおぞましい力に一瞬怯えたような表情を見せる。
しかし、すぐに破壊の右手を構え直し、退くことなく立ち向かおうとする。
「僕を『哀れ』と呼ぶのは勝手です」
シードは冷酷な声で言葉を紡いだ。
「ですが、哀れなのはあなたも同じでしょう? 永遠を生き、使命を果たすだけの存在に過ぎない」
シードは一歩前に進み、ラナスオルとの距離を詰める。
答えを見失った者の昏い銀の瞳が、彼女を射抜くように見据えた。
「さあ、どうしますか? 再び僕を無に葬り去れるとでも?」
突き刺さるような挑発的な言葉が、ラナスオルの決意を震わせる。
あまりにも冷たいその声に、彼が完全に人間の感情から切り離された存在であることを、彼女は痛感した。
――だが、それと同時に違和感もあった。
これだけの圧倒的な力を放ちながらも、彼自身からは殺意が感じられない。
まるで、じっと佇みながら彼女の答えを問うかのような身構え方だ。
波打つ異形の魔力がラナスオルの肌を撫で、白髪とドレスをはためかせる。
その周囲では青白い光が次々と大地を削り取り、貪っていく。
二柱の神が睨み合う中、空間に漂う緊張感は限界まで高まりつつあった。