冷酷死霊術師とわがまま女神のリスタート 〜殺し合いの因縁を超えた先の、あまりにも短い幸福〜   作:えびふぉねら

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53話 力の極致

 異形の神に蝕まれゆくラナス。

 

 かつて女神によって無に葬り去れらたはずの男は今悠然とそこに立ち、世界そのものを呪うような青白い魔力を漂わせている。

 

 果てしない緑が広がり、精霊たちが舞い踊っていた地――今は命の気配すら失われ、灰色が覆い尽くす。

 

 ラナスオルは大地の枯渇する様を目の端に捉え、額に汗を滲ませた。

 

「繰り返しを断ち切る……世界の……神の理すら破壊しようと言うのか……? そんな力を手に入れてまで……!」

 

 低く囁くような彼女の声が、重い空気の中に沈んでいく。

 握り締めた右手は僅かに震えている。その震えは怒りの現れであり、同時に微かな動揺を隠しきれないものだ。

 

「永遠を生き、使命を果たす……それは神として当然の義務だ。私はそれを疑問に思ったことも、自分を哀れだと感じたこともない!」

 

 彼女は吐き捨てるように続ける。

 

「大地を傷つけ、命を賭して君を葬ったことも……間違った選択をしたと思っていない!」

 

 声に宿る威厳は揺るぎないはずなのに、心の奥底に何かがわだかまる。

 

(私は女神だ。何も間違ってなどいない……)

 

 ラナスオルは疑念を振り払うように右腕を振るい薙ぎ、胸中に怒りを滾らせた。

 

「君がこの千年間、どこで何をしていたかは知らない……だが、もはや私たちに言葉は不要!」

 

 叫びとともに、彼女の右手が天を割くように突き上げられた。

 破壊を司る右手セヴァスト――あらゆる物体、あらゆる生命を破壊する、神たる彼女の威厳と力を象徴するものだ。

 

 大地を蹴り、宙を舞う。

 手のひらに圧縮された魔力が収束し、球状となって解き放たれる。

 

 ラナスオルを中心に、空気が張り裂けるような音が鳴り響いた。

 膨張する破壊の光を、まっすぐ叩き込むように腕を振りかぶる。

 

 かつて幾千の敵を粛清した一撃が、シードに向かって奔った。

 

 神の怒りが炸裂するかと思われた――その時。

 

「……っ、なんだと……!?」

 

 ラナスオルの紫色の瞳が驚愕に見開かれた。

 

 シードはその場に静かに立ち尽くすだけだった。

 銀の瞳が冷たく青の光を宿し、彼が手を軽く振った瞬間――セヴァストの破壊の魔力が空中で霧散するように消え去った。

 

 光が塵となって舞い、まるで何事もなかったかのように空気に静寂が戻る。

 

「バカな……」

 

 着地した瞬間、不意に溢れ落ちた言葉に動揺が滲む。

 かつてシードに深い傷を負わせた力。それをいともたやすく押し除けられた。

 彼女は右手の魔力の残滓を見つめながら、僅かに後ずさった。

 

「……なるほど」

 

 彼の声には嘲弄の色が混じる。

 

「やはり、あなたの力はかつてと変わらない。『破壊』の神としての威厳は健在ですね」

 

 その軽薄な口調に、ラナスオルの紫の瞳が再び怒りと屈辱に燃えていく。

 

「だが、ラナスオル……あなたは一つ、大きな誤解をしている」

 

 シードの周囲から青白い魔力が滲み出し、煙の如く立ち込める。

 それは世界そのものの理すら捻じ曲げるような圧倒的な威圧感を伴い、ラナスオルに重くのしかかった。

 逃げ惑う精霊たちは次々と命を散らし、大地は一層荒廃していく。

 

「……僕は、この世界そのものを破壊しようとは思っていない」

 

 冷たく鋭い声が続く。

 

「むしろ、この世界は……あなたという存在を筆頭に、僕を排除すべき異物とみなしている。『力の極致』を求めるための舞台として相応しい」

 

 彼は僅かに微笑みを浮かべながら、一歩前に進んだ。

 それは嘲笑のようにも見えたが、女神さえ抗しがたい異様を纏う。

 

「何を……言っている……」

 

 ラナスオルは額から汗を滴らせながら呟くが、シードは答えずまた一歩、静かに前へ進んだ。

 その足音すら、世界を蝕む呪いのように響く。

 

 ――力の極致。

 

 その言葉も意味も、彼が人間だった頃から変わらないものだった。

 だが、同時に――かつての彼とは決定的に異なっていた。

 

「あなたは神としての使命を疑問に思わず、永遠を生きる義務すら喜んで背負う。……それはそれで結構です」

 

 シードは足を進め、ラナスオルとの距離を詰める。

 踏みしめられた土が腐り落ちる湿った音を響かせながら、ゆっくりと。

 

 そして銀の瞳が、紫の瞳を射抜いた。

 

「……しかし、僕はその無限の繰り返しに意味を見出せない」

 

 吐き捨てるように言葉が落ちた。

 銀色の瞳が昏く染まり、鈍い光の奥に彼の千年を超える虚無が沈む。

 彼女は反論できず、ただ彼の声を待つしかなかった。

 

「さあ、ラナスオル……」

 

 シードが手をゆっくりと差し伸べる。だが、その動きに敵意はない。

 冷酷でありながら、紫色の瞳の中に何かを確かめるように。

 

「この世界を守りたいのなら、その力で僕を消し去ってみせるがいい」

 

 何者も恐れぬ神の言葉に、ラナスオルは息を呑む。

 彼女はそこに、彼の本心が含まれているような気がした。

 まるで自らの終わりを望む者の声のような虚しい響き。

 

「ですが、覚えておいてください。僕はあなたを葬るつもりはない。ただ、『力』の本質をこの地で極めるだけです」

 

 シードの青白い魔力が天を貫くように激しく渦巻き、空間が引きちぎられるかのように悲鳴を上げる。

 その力にかつての死霊術師の面影はなく、完全に異形に堕ちた神そのものとなっていた。

 

(なぜ、こんなことに……君は一体……)

 

 ラナスオルは魔力の暴風に煽られぬよう、深く腰を落とす。そして破壊の右手を構え直し、ゆっくりと前へと踏み出す。

 

 身も凍るような風が肌を薙ぎ、ぴりぴりとした痛みを生む。

 踏み込んだ足裏から砕け散る大地の感触が響いた。

 

「シード……この手で必ず打ち砕く!」

 

 腹の底から絞り出すような怒声と共に、女神の全身から殺気が滾り出す。

 破壊の右手セヴァストが光を取り戻し、唸りを上げた。

 

 二柱の神が睨み合い、対峙する。

 

(この男にはもう救いなど無意味だ……斃さねば……私が、必ず……!)

 

 破壊と異形――それぞれの力が再び激突する瞬間が訪れようとしていた。

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