冷酷死霊術師とわがまま女神のリスタート 〜殺し合いの因縁を超えた先の、あまりにも短い幸福〜 作:えびふぉねら
「私が……君に神の力を与えた……? なんのことだ?」
ラナスオルは一瞬戦いの手を止め、風に掻き消されるような声を漏らした。
紫の瞳に戸惑いと困惑が混じり、震えるように揺れる。
まるで見知らぬものに触れたかのような、明らかな動揺だった。
シードはその反応に目を細める。
彼は一歩も動かずその場に立ち、冷たい銀色の瞳で目の前の女神を見据え続けた。
――彼女は本当に知らないのか。
だが、ラナスオルは嘘をついていない。シードは一目でそれを悟った。
彼女の瞳に偽りはない。その動揺も困惑も、取り繕われたものではない。
本当に知らないのだ。
彼女の言葉に微かな驚きを覚えたが、彼はそれを表情に表さなかった。
「……なるほど、あなたは『知らない』のですね」
凍てつく声に皮肉めいた冷笑が浮かぶが、その裏に本人さえ気づかぬ小さな痛みが薄らと滲む。
シードはゆっくり一歩踏み出す。その一歩が大地を侵食し、空気を重く染めていく。
そして彼の目は、彼の言葉に動揺し僅かに乱れたラナスオルの力を見逃さない。
「千年前、あなたは僕を『無』へ葬り去った」
シードは淡々と語り始める。
怒りでも恨みでもなく、遠い記憶をなぞるように。
「その中で、僕はあなたの幻影――いや、幻影と呼ぶにはあまりにも現実的な存在と出会った。彼女は僕に『神の力』を託し、永遠という呪いを押し付けた……」
シードの瞼の裏に、その記憶が蘇る。
人として生き、人として彼を愛し、人として終わった――
朽ち果てるはずだった己に、そっと手を差し伸べてきた存在。
揺るがぬ使命を抱えた、もう一人のラナスオル。
彼は一瞬言葉を切り、青銀の瞳で彼女を鋭く見据えた。
「そして、それがやはりあなたとは異なる『ラナスオル』であったことを、今のあなたを見て確信しました」
その声が響くと同時に周囲の魔力が波打ち、ラナスオルの破壊と創造の力を圧するように広がる。
「そんなこと……私は……知らない……」
彼女は息を呑んだ。
表情が硬直し、眉間に皺が寄る。目の奥に浮かぶのは疑問と恐れ。
自分の知らぬところで、自分と同じ顔を持つ存在が動いていたという事実。
もう一つの可能性が、シードをこの異形へと変えたのだとしたら。
その責任すら自分が負わねばならないのだとしたら――。
彼女は唇を噛み締めた。
だが、その視線だけは決して逸らさず、彼を真正面から見据え続ける。
「知らないのも無理はありません」
シードは彼女の反応を楽しむように、微かに口元を歪めた。
「あなたはただの『神』でしかない。無の中で起きたこと――その本質を理解できるはずもない」
淡々と言い放つが、その声の裏には深い諦念が絡みつく。
目を伏せた彼の心に、一瞬、重い疑念がよぎる。
(結局、僕は誰の手のひらで踊っているのだろう)
幻のラナスオルが願った「奇跡」。
あれは本当に救いだったのか。
それとも、さらに深い絶望へ突き落とすための導きだったのか。
この千年、問い続けてきた。
――だが、もはや彼に答えは必要ないはずだった。
「ラナスオル……あなたがその責務に縛られたまま、僕に立ち向かおうというなら、それも結構なことです」
彼は表情を変えず、鋭い言葉を突きつけた。
「ただ、先程も言ったように、僕はあなたを殺そうとは思っていない」
ラナスオルは睨み据えるように構え、彼の言葉を聞いている。
その様子を見て、シードは唇の端を歪めた。
だが、皮肉の裏に滲むのは、無意識に生じる女神への興味。
「むしろ、今のあなたに問いたいのです。神として、使命に縛られ続けるその生き方を――あなた自身が本当に受け入れているのか?」
その挑発的な問いかけは、使命に囚われるラナスオルの内面を深く抉るように響いた。
その一瞬の迷いを見逃さず、シードは静かに吐き出すように続ける。
「僕はこの『呪い』を受け入れました。それがたとえ理不尽であろうと、僕の選んだ道だ。ですが――」
己の内に渦巻く終わりなき虚無と痛みを抱え、囁くように続けた。
「あなたもまた、別の道を考えるべきではありませんか?」
ラナスオルは返す言葉を失った。
彼の問いが、静かに自らの内を揺さぶっていることを否応なく自覚する。
(私の、神としての生き方が間違っているなど……!)
その瞬間、シードの魔力が再び拡散し、ラナスオルの破壊と創造の力を圧倒し始める。
大地が歪み、空が悲鳴を上げる。世界そのものが張り裂けんばかりに。
その中心で二人の視線はなお絡み合い、火花を散らし続けていた。
――再び沈黙が訪れる。
嵐の前触れのような、重く冷たい緊張が張り詰める。
次に交わされる言葉、次に放たれる力――そのすべてが、世界の行く末を左右する瞬間となることを、二人は理解していた。