冷酷死霊術師とわがまま女神のリスタート 〜殺し合いの因縁を超えた先の、あまりにも短い幸福〜   作:えびふぉねら

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57話 呪われた対話

「私が……君に神の力を与えた……? なんのことだ?」

 

 ラナスオルは一瞬戦いの手を止め、風に掻き消されるような声を漏らした。

 紫の瞳に戸惑いと困惑が混じり、震えるように揺れる。

 まるで見知らぬものに触れたかのような、明らかな動揺だった。

 

 シードはその反応に目を細める。

 彼は一歩も動かずその場に立ち、冷たい銀色の瞳で目の前の女神を見据え続けた。

 

 ――彼女は本当に知らないのか。

 

 だが、ラナスオルは嘘をついていない。シードは一目でそれを悟った。

 彼女の瞳に偽りはない。その動揺も困惑も、取り繕われたものではない。

 本当に知らないのだ。

 

 彼女の言葉に微かな驚きを覚えたが、彼はそれを表情に表さなかった。

 

「……なるほど、あなたは『知らない』のですね」

 

 凍てつく声に皮肉めいた冷笑が浮かぶが、その裏に本人さえ気づかぬ小さな痛みが薄らと滲む。

 

 シードはゆっくり一歩踏み出す。その一歩が大地を侵食し、空気を重く染めていく。

 そして彼の目は、彼の言葉に動揺し僅かに乱れたラナスオルの力を見逃さない。

 

「千年前、あなたは僕を『無』へ葬り去った」

 

 シードは淡々と語り始める。

 怒りでも恨みでもなく、遠い記憶をなぞるように。

 

「その中で、僕はあなたの幻影――いや、幻影と呼ぶにはあまりにも現実的な存在と出会った。彼女は僕に『神の力』を託し、永遠という呪いを押し付けた……」

 

 シードの瞼の裏に、その記憶が蘇る。

 

 人として生き、人として彼を愛し、人として終わった――

 朽ち果てるはずだった己に、そっと手を差し伸べてきた存在。

 揺るがぬ使命を抱えた、もう一人のラナスオル。

 

 彼は一瞬言葉を切り、青銀の瞳で彼女を鋭く見据えた。

 

「そして、それがやはりあなたとは異なる『ラナスオル』であったことを、今のあなたを見て確信しました」

 

 その声が響くと同時に周囲の魔力が波打ち、ラナスオルの破壊と創造の力を圧するように広がる。

 

「そんなこと……私は……知らない……」

 

 彼女は息を呑んだ。

 表情が硬直し、眉間に皺が寄る。目の奥に浮かぶのは疑問と恐れ。

 

 自分の知らぬところで、自分と同じ顔を持つ存在が動いていたという事実。

 もう一つの可能性が、シードをこの異形へと変えたのだとしたら。

 その責任すら自分が負わねばならないのだとしたら――。

 

 彼女は唇を噛み締めた。

 だが、その視線だけは決して逸らさず、彼を真正面から見据え続ける。

 

「知らないのも無理はありません」

 

 シードは彼女の反応を楽しむように、微かに口元を歪めた。

 

「あなたはただの『神』でしかない。無の中で起きたこと――その本質を理解できるはずもない」

 

 淡々と言い放つが、その声の裏には深い諦念が絡みつく。

 目を伏せた彼の心に、一瞬、重い疑念がよぎる。

 

(結局、僕は誰の手のひらで踊っているのだろう)

 

 幻のラナスオルが願った「奇跡」。

 あれは本当に救いだったのか。

 それとも、さらに深い絶望へ突き落とすための導きだったのか。

 

 この千年、問い続けてきた。

 ――だが、もはや彼に答えは必要ないはずだった。

 

「ラナスオル……あなたがその責務に縛られたまま、僕に立ち向かおうというなら、それも結構なことです」

 

 彼は表情を変えず、鋭い言葉を突きつけた。

 

「ただ、先程も言ったように、僕はあなたを殺そうとは思っていない」

 

 ラナスオルは睨み据えるように構え、彼の言葉を聞いている。

 その様子を見て、シードは唇の端を歪めた。

 だが、皮肉の裏に滲むのは、無意識に生じる女神への興味。

 

「むしろ、今のあなたに問いたいのです。神として、使命に縛られ続けるその生き方を――あなた自身が本当に受け入れているのか?」

 

 その挑発的な問いかけは、使命に囚われるラナスオルの内面を深く抉るように響いた。

 その一瞬の迷いを見逃さず、シードは静かに吐き出すように続ける。

 

「僕はこの『呪い』を受け入れました。それがたとえ理不尽であろうと、僕の選んだ道だ。ですが――」

 

 己の内に渦巻く終わりなき虚無と痛みを抱え、囁くように続けた。

 

「あなたもまた、別の道を考えるべきではありませんか?」

 

 ラナスオルは返す言葉を失った。

 彼の問いが、静かに自らの内を揺さぶっていることを否応なく自覚する。

 

(私の、神としての生き方が間違っているなど……!)

 

 その瞬間、シードの魔力が再び拡散し、ラナスオルの破壊と創造の力を圧倒し始める。

 大地が歪み、空が悲鳴を上げる。世界そのものが張り裂けんばかりに。

 その中心で二人の視線はなお絡み合い、火花を散らし続けていた。

 

 ――再び沈黙が訪れる。

 嵐の前触れのような、重く冷たい緊張が張り詰める。

 

 次に交わされる言葉、次に放たれる力――そのすべてが、世界の行く末を左右する瞬間となることを、二人は理解していた。

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