冷酷死霊術師とわがまま女神のリスタート 〜殺し合いの因縁を超えた先の、あまりにも短い幸福〜 作:えびふぉねら
「別の道? 使命を放棄しろとでも言いたいのか?」
ラナスオルの力強い一声は、一瞬、僅かな困惑を孕んでいるように見えた。
だが、その小さな揺らぎはすぐに熱を帯び、怒りの炎に焼き尽くされる。
シードの問いかけは、彼女の存在そのものを根底から否定するものであり、何よりも耐え難いものだった。
異形と破壊、創造の嵐の中で、ラナスオルは鋭くシードを睨みつけた。
燃えさかる炉心のような憤怒を湛えて。
「君に神の力を託したという、幻影の『私』とやらの愚行を、この私の姿と重ねるつもりか!?」
声を張り上げると同時に彼女の力が膨れ上がり、足元を激しく揺るがす。
滲み出す魔力は、昂った感情を映し出すように強い光を帯びた。
破壊の象徴たる右手セヴァストが、再び解き放たれようとする予兆が漂う。
ラナスオルの怒りは、使命に従い異物を排除する絶対的神意そのものだった。
二柱が放つ力の衝突に、空間そのものが耐え切れず悲鳴を上げていた。
「……いかなる理由があれ、私は君の存在を許すことはできない! 神の責務として、君を滅ぼす!」
空に響き渡るのは、感情を超越した使命の宣言。
ラナスオルの右手から、張り裂けるような音とともに光が迸る。
破壊の力が限界まで凝集された、すべてを断ち切る刃。
ためらいなく正確にシードの喉元を狙って放たれた一閃は、まさに神の断罪そのものだった。
しかし、彼はその場で微動だにせず、淡々と迫る破壊の光を見つめていた。
「……やはり、そう来るか」
無機質な声で呟くと同時に、彼は軽く片手を振り上げる。
指先から異形の魔力が漏れ出し、霧が絡みつくようにラナスオルの破壊の一閃を吸収していく。
衝撃も余波も残さず霧散していくセヴァストの力。
何事もなかったかのように佇む彼を見て、ラナスオルは眉をひそめ、目を見開いた。
「……っ! セヴァスト……!」
あの一撃を防がれたことなど、神として存在して以来、数える程しかない。
もはや、この力のぶつかり合いは終わりなき泥沼の戦いだ。
それを理解しつつも、彼女はなおも拳を握り締め、胸の奥に渦巻く苛立ちと焦燥を押し殺した。
「シード……この地が君の『力の極致』を求める舞台だと言うのなら、それに応じるのもまた神としての務めだ!」
更なる怒りを燃やす。しかしその声はどこか悲壮に満ち、自らを奮い立たせているかのようだった。
再び破壊の力が彼女の周囲に渦巻く中、シードは変わらぬ静寂の中にいた。
「ラナスオル、あなたが僕を殺そうとすること自体は理解できる。使命に従い、この世界を守るために行動する――それがあなたの本質だからだ」
彼は言いながら、一歩前に踏み出した。終焉の足音を響かせるように、ゆっくりと。
その足元で大地が枯れ、精霊たちの儚く命を散らしていく。
だが、その眼差しには一片の痛みも映らない。目の前の女神の信念を冷徹に観察するだけ。
いや、それだけではない。そこには、興味の中にほんの僅かな哀れみが差し込む。
「……ですが、『使命』がすべてであると決めつけるその姿勢こそが、あなたを縛っているのではないですか?」
その問いは、ラナスオルの胸を突き刺さすように響いた。
彼女の力が一瞬だけ乱れ、均衡が崩れる。
「私が再びここに立つ理由はただ一つ。ラナスを守るため。それが神としての役目だからだ。それ以上でも以下でもない!」
ラナスオルは拳を振るい上げ、烈火の如く叫ぶ。
声には確固たる覚悟が、瞳には澱みなき使命への思いが宿る。
しかし、その叫びはどこか苦しげで、シードにはむしろ自己暗示のように聞こえた。
「僕を無に葬ったあの日、あなたがどれだけの覚悟でその選択をしたのか……ですが、こうして再び立ち向かうあなたの姿を見ると、同じことを繰り返すだけの存在にしか見えない」
霧散していく破壊の力を一瞥し、ラナスオルは目を伏せた。
シードの言葉は容赦なく彼女の信念を抉り、拳を握る指先が僅かに震える。
「そうだ、仮にここで君を滅ぼすことができても、今の君は神の力を持つ者……私たちの戦いは未来永劫続くだろう」
ラナスオルの声には、怒りとともに深い悲しみが滲んでいた。
たとえ滅ぼしても、シードはまた戻ってくる。
神である彼女もまた、滅びては還る。
永遠の繰り返し――それが神の再誕の循環、世界の理。
彼女はその宿命を背負い、ここに立っている。その重さを誰よりも知っていた。
ラナスオルは静かに破壊の右手を握り締め、再びその力を高める。
紫色の瞳を、迷いを振り払うように鋭く輝かせた。
「これは神として私が生まれた時から定められていたことだ。元は人間であった君には理解できないだろう。これこそが、何者にも覆せぬ神の本質なのだから」
彼女はそう言い放ち、再びシードを睨み据える。
彼は片手を胸元に当て、僅かに冷笑を浮かべた。その笑みの奥に拭えぬ空虚が広がっている。
「……ならば、一つだけ教えてください、ラナスオル」
氷のような冷たい声が響く。
「あなたが本当に守りたいものは何ですか? ラナスの大地ですか? 人々ですか? それとも、ただ『使命』そのものですか?」
彼の問いかけは彼女の心の奥深くへと届き、微かな波紋を広げた。
ラナスオルの信念が揺さぶられる。
使命か、世界か。
あるいは――もっと別の何かか。
(聞くな……惑わされるな……この男の言葉に耳を傾ける必要などない!)
心の中で必死に自分に言い聞かせる。
だが、その胸の奥に生まれた一滴の揺らぎは、もう消えることはなかった。
周囲の空間は張り詰め、次の瞬間にすべてが崩壊するような緊張感が漂う。
「……その答え次第で、僕の次の一手を決めましょう」
次の一手――それは、世界の運命を決する一手。
しかし、彼の一言はラナスオル忌諱に触れ、二柱のさらなる対立の火種となっていく。