冷酷死霊術師とわがまま女神のリスタート 〜殺し合いの因縁を超えた先の、あまりにも短い幸福〜 作:えびふぉねら
「私は、この世界が誕生してからずっと守り続けてきた。それが当然だと思い、他のことは一切考えなかった」
ラナスオルは伏し目がちに語り始める。
その声には、かつて神の名で世界を支えた威厳はなく、深い苦悩が宿っている。
「だが……君と言葉を交えて、私の中に微かな揺らぎが生じている……」
神としての誇りを支えてきた揺るぎない使命。長い時の中で、それを疑うことなど一度もなかった。
だが今、目の前に立つ男との対話が、自らの信じるものの確かさを問いかけさせていた。
(女神である私が……迷うことなど許されるはずがない……)
答えのない問いが胸を締め付ける。
彼女は膝をついたまま、壊れた世界を見渡した。
ひび割れ荒れ果てた大地、失われた緑、沈黙した精霊たちの亡骸。
自らの力がもたらした破壊の痕跡が、彼女の心を押し潰すようだった。
――これが、本当に正しいことなのだろうか?
「神としてのこの永遠の時間の中で、使命を全うする以外の……私が本当にしたかったことを考える時間は充分にあったはず……」
言葉を紡ぎながら、彼女は拳を握り締めた。
「けれど……わからない……これ程の時間があっても……」
唇が震え、紫の瞳に涙が滲み出る。
しかし、それを拭うことさえ彼女は忘れていた。
(私は何を望んでいた……? 彼を殺すことがすべてではなかったのか……?)
答えはどこにもない。
途方もなく長い永遠の中で、彼女はただ「神」として存在していただけだった。
使命を抱き続けた己の意思が、霞むように沈んでいく。
――否、もしかすると 最初から答えなどなかったのかもしれない。
ラナスオルはゆっくり顔を上げ、シードの冷たい銀の瞳をじっと見つめた。
その無機質な光の奥に、何かを探ろうとするように。
「シード、ひとつ教えてくれ……君に神の力を託したというラナスオルとは何者だったのだ? 君にどう接した? そしてなぜ、君に永遠の呪いとも言える神の力を押しつけたのだ?」
縋るような、切実な問いだった。
その声には神の威厳などなく、自分自身の存在理由を見つけようとする、必死の探求のようだった。
シードはその問いを静かに受け止め、目を閉じた。
答えることが、なぜか少しだけためらわれた。
(僕は……なぜ、この話をすることに抵抗を感じる?)
だが、迷いはすぐに押し殺され、銀の瞳に冷徹な光が戻る。
「……『幻のラナスオル』が何者なのか――正確には、僕にも分かりません」
彼はゆっくり立ち上がり、ラナスオルに背を向けて歩き始めた。
崩壊した大地を踏みしめる足音だけが、荒れ果てた静寂に響く。
「無の中での出来事です。肉体も魂も消えたはずの僕が、どのようにしてそこに存在していたのかすら説明できない。ですが、あの『幻影』は、確かにあなたの姿をしていました。そして……」
シードは視線を伏せ、一瞬だけ眉を寄せる。
僅かに歪んだ表情は、彼にとって簡単には紡げない感情を物語っていた。
「彼女は僕に『愛』という言葉を語りました」
その言葉に、ラナスオルの眉が僅かに動く。
「それが何を意味するのか、当時の僕には全く理解できなかった。ただ、病に伏した僕を救うため『神の力を託す』と言い、拒む間もなく力を押し付けてきたのです」
彼はゆっくりと振り返り、探るような視線を投げかけた。
「理由を問うても、彼女は『これが私の選択』としか言わなかった。僕が何を成すのか、その答えを期待しているような態度でした」
冷たく言い放ち、目を伏せる。
「……皮肉なことに、彼女の言葉に影響を受けたことは認めざるを得ない。人としての生き方を選べ、という彼女の主張が、僕の中に僅かな疑問を生じさせた」
しばしの沈黙が流れる。
そして思索するように腕を組んで告げた。
「……彼女が僕に神の力を託した理由――きっと、僕に何かを見出そうとしたからなのでしょう。そしてあなた自身ではなく『幻』である彼女だった理由……」
彼は一瞬視線を遠くに向けた後、低く響く声で結論を述べた。
「……それは、『本物』のあなたには『できなかったこと』だったのではありませんか? あなたの使命に縛られた存在としての限界が、彼女という『幻』を生み出した」
ラナスオルは息を呑んだ。
「私が……できなかった……私がしたかった思いが……幻を生み出した……? そんなことが……」
彼女の紫の瞳に、これまでとは違う迷いが浮かぶ。
それは神としての葛藤ではない。
一人の存在としての、答えのない問いだった。
そしてシードもまた、答えを持たぬまま佇んでいた――。