冷酷死霊術師とわがまま女神のリスタート 〜殺し合いの因縁を超えた先の、あまりにも短い幸福〜   作:えびふぉねら

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64話 拒絶

「人として生きる機会を与える……」

 

 シードは低く呟きながら、ゆっくりと自らの両手を見下ろした。

 命を貪り、冷たく穢れきった手。かつては熱があったはずの指先は、今また虚無に沈み込んでいた。

 

 寂れた風が吹き、彼の声を遠くへ運ぶ。

 だが、それは完全な否定の意図は含んでいないようだった。

 

「ラナスオル……あなたが言う『人としての生き方』を再び探せと? この姿を捨てて、有限の命の中で答えを掴み取れと?」

 

 彼は目の前で膨れ上がる創造の力を見据えながら問いを重ねた。

 すべてを生み出し、循環させる神聖なる三位一体の力――彼の本質と最も相容れないものだ。

 

 その激しい光の奔流の中、銀の瞳にはまるで遥か彼方の記憶を辿るような、淡く儚い光が揺れている。

 

(今さら人間として生きる……? それで答えを得られるというのか?)

 

 限りある命の中で、必死に何かを求め、何かを信じていた頃の記憶が脳裏を掠める。

 シードは疑念に駆られながらも冷徹な声で言葉を紡いだ。

 

「彼女が僕に託したものが永遠の命――つまり、この『呪い』そのものだとしたら、あなたがその呪いを断ち切る行為は尊重ではなく、彼女の意思に反することになる」

 

 彼は僅かに口角を上げた。鋭い皮肉こそ込められているが、その奥には冷静な観察者としての態度と覚悟が透けていた。

 

「……ですが、あなたがそう望むのなら、それもいいでしょう。有限の命を持ち、再び人間としての道を歩む――」

 

 シードは一歩前へと進む。

 ラナスオルの創造の光が、その指先に触れようとする刹那――

  

「……ただ一つ、覚えておいてください」

 

 彼は淡々と告げた。

 

「人間としての僕がどのような答えを見つけたとしても、それが『正しい』とは限らない。再びあなたの目の前に立つ時、僕がどうなっているかなど、誰にもわからないのですから」

 

 静かな狂気がその声に宿る。もはや恐怖や抵抗ですらない。

 未来に何の期待も抱かない者だけが持つ、底知れぬ虚無の響き。

 

(たとえ人間に戻ったところで……僕が力を追い求める本質は変わらない。ならば、再び堕ちるだけのことだ)

 

 ――それでいい。それが彼女の示した『答え』。

 シードは静かに瞼を閉じ、ラナスオルの創造の力が自らに届く時を待つ。

 

 しかし――その瞬間。

 

「……っ!?」

 

 ラナスオルの左手が突然止まった。

 

 指先に宿っていた眩い光が弾け飛び、周囲に散る。

 シードは薄く瞼を開け、その様子を見つめる。

 

「フェルジア……? どうした?」

 

 ラナスオルの声には、明らかな動揺が滲んでいた。彼女の左手は小刻みに震えている。

 光を再び取り戻そうとするが、まるで何かに怯えているかのように、その輝きは萎縮していく。

 

「創造の神が、私の意思に反しているというのか……? まさか……今までこんなことは……!」

 

 神の権能が自らの意思を無視して動かなくなるなど、本来あり得るはずがなかった。

 ラナスオルの紫の瞳が驚愕に見開かれ、左手を凝視したまま動けなくなっていた。

 

 創造の力――フェルジアが、怯えている。

 まるでシードの存在そのものを拒絶するかのように。

 

「……彼の中の『創造』の力が、私を拒んでいる……?」

 

 彼女は恐る恐るシードの銀の瞳を捉えた。

 そこには理解を超えた存在を前にした恐れと、名状しがたい焦りが浮かんでいる。

 

 彼の中にある、幻のラナスオル創造の力。

 それが、神の権能すら押し返すほどに変質してしまったというのだろうか。

 

 彼女は緊張に揺らぐ左手を押さえ込みながら、声を震わせた。

 

「こんな……ことが……いったいどうして……幻のラナスオルは、それ程までに君を……っ!」

 

 彼女の言葉が途中で途切れる。

 次の瞬間、彼女の身体が揺らぎ、じりじりと後ずさった。

 

 左手はだらりと垂れ下がっている。

 かつての威厳に満ちた女神の面影は消え、瞳は悲痛と絶望で翳っていた。

 

 シードは、もはや自分の存在がただの呪いであることを理解していた。

 しかし、その呪いが自分を守ろうとすることに、説明のつかない痛みが生じる。

 

(女神の力を持ってしても断ち切れぬ呪い、か……) 

 

 彼は思考の片隅でそんなことを考えながら、薄く笑みを浮かべた。運命そのものを嘲笑うかのように。 

 

 静寂が辺りを包む。荒廃した大地に風の音すら消え失せ、二柱の間に張り詰めた緊張が響いている。

 

 シードは、まるで時の流れから切り離されたかのように立ち尽くす。

 対するラナスオルの身体は、微かに震えていた。

 

 彼は彼女の動揺を冷静に見つめる。

 銀色の瞳には、一瞬だけ微細な疑問の色が浮かんだ――が、それもすぐに消え去り、残るのは冷徹な光だけだった。

 

「……なるほど」

 

 低く呟く声が響いた。

 

 彼は震えるラナスオルの左手をじっと観察し、冷たい好奇心がその様子を見下ろすように目を細めた。

 

 創造の神フェルジアを宿すはずのその手は、光を失いまるで己が主の意思を否定するかのように動かずにいる。

 シードという存在を前にして、何かを理解してしまったかのように――。

 

「ラナスオル……あなた自身の力が、あなたを拒んでいる。しかも、創造そのものである神フェルジアが、僕を拒むことを選んだと……」

 

 シードは静かに歩を進めた。

 その一歩一歩が、まるで彼女を追い詰めるかのように重々しく響く。

  

「……もしかしたら、幻の彼女は僕に新たな役割を与えたのかもしれませんね。あなたにとって僕は、神であり、異物であり、被造物でもある――」

 

 シードは立ち止まり、ゆっくりと顔を傾けた。

 口元には微かな笑み――そこに温もりなどなく、まるでラナスオルの葛藤を愉しむかのような、薄氷のような表情。

 

「……つまりそれは『存在そのものが矛盾した存在』なのではありませんか?」

 

 ラナスオルの紫色の瞳が揺れた。

 それはまるで、自らの中にある答えを直視することを拒むかのように。

 

 彼女の左手は、依然として震え続けていた。

 

「被造物……人間、神……その枠組みすら超えた存在……」

 

 彼女は唇から小さく声を漏らす。それはフェルジアへ、そして自分自身への問いかけのようでもあった。

 

(私が彼を否定しきれていないから……私は……使命を……)

 

 彼女は否定したかった。

 自分は使命のために存在する。ラナスを守るために立ち続ける女神である、と――。

 

 しかし、フェルジアは動かない。

 それが何よりの答えだった。 

 

「あなたの中の力が、僕を拒む理由……それが答えそのものです。そして、それはあなた自身が認めたくない『揺らぎ』に他ならない」

 

 彼の銀の瞳が、深淵を覗き込むようにラナスオルを射抜く。その言葉は、彼女の中に沈み込む。

 

 ――揺らぎ。

 

 それは女神として最もあってはならないもの。

 使命を全うするためには、疑念も迷いもあってはならない。

 

 なのに――彼女の中で、確かにそれは生じていた。

 だからこそ、フェルジアは彼女の意思に反したのだ。

 

 シードは、ラナスオルが沈黙に呑まれていく様子を眺めながら、さらなる追い打ちをかけるように言葉を紡ぐ。

 

「……さあ、ラナスオル。次はどうしますか?」

 

 答えの出ぬ問いが突きつけられる。

 

「僕を排除することも浄化することもできない――あなたの選択肢は、どこにあるのです?」

 

 シードの周囲には、異形の青白い魔力が揺らめいていた。しかし、それは決して攻撃の意思を見せない。

 むしろ、それは彼がただ冷静に、そして残酷に、答えの出ぬ問いの行方を待っているだけのものだった。

 

 彼の存在を否定できないのなら、自分はどうすればいいのか――ラナスオルは、答えを持っていなかった。

 目の前にいる男が、彼女のすべてを揺さぶってしまったのだから。

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