冷酷死霊術師とわがまま女神のリスタート 〜殺し合いの因縁を超えた先の、あまりにも短い幸福〜 作:えびふぉねら
「私に……やり直す機会をくれるのか……?」
掠れるような声で紡がれた問いが、そっと風に溶けていく。
ラナスオルの目は伏せられ、震える瞼の奥に懺悔と願いが交錯していた。
荒れ果てた世界の中心で、全てを壊してしまった女神。
彼女が今差し出すのは、心からの後悔と希望の欠片だった。
対するシードは、無言のまま佇んでいる。
その銀の瞳は氷のように冷たく澄んでいたが、ラナスオルの視線と交わることで、彼の中で何かが静かに動き始めていた。
沈黙の中、彼は彼女を見つめ返す。
雲の隙間から差し込む光が、シードの銀色の瞳を淡く照らす。
ラナスオルには、その瞳の奥で「幻のラナスオル」が微笑んでいるように見えた。
それは記憶の残滓か、魂の共鳴か――いずれにせよ、その微かな光に心が救われるようだった。
「ありがとう……」
涙の滲む声で、ラナスオルはそう呟いた。
ひび割れた大地に膝をついていた彼女は、よろめきながら立ち上がる。
震える膝に手を添え、ドレスの裾を整えた。
失ったものの大きさも、過ちの重さもすべてを抱きしめるように――紫色の瞳に確かな志を宿して。
「千年……永遠を生きる神にとって、この時間はまだ僅かひとときにすぎないだろう。時間は限りなくある……私は……ゆっくりと答えを探したい。幻の私も、人間の私も、そして女神である私自身も、それを望んでいる」
幻のラナスオルの優しさ、人間のラナスオルの純粋さ、そして今ここに立つ女神ラナスオルの決意――
それらが一つの意志として彼女の言葉に重なる。
「だから君も……『生きて』ほしい。たとえ、人を捨て去った異形の神であっても……この『ラナス』で生まれた一つの尊い命として、私は隣に立ち、君を愛そう……」
そう言いながら、ラナスオルはそっと手を差し出した。
シードの無骨で冷たい手を、両手で優しく包み込むように触れる。
彼女の指先は小さく震え、守ろうとしてすべてを失った女神の弱さをさらけ出していた。
だが、そこに込められた温もりは、千年もの孤独の暗闇にいたシードの心を静かに溶かしていく。
シードは、何も言わずその手を見つめていた。逃れようとはしない。ただ、彼女の温もりを受け止めたまま立ち尽くす。
まるで初めて「触れられること」を許されたかのように。
その瞬間、彼の硬く閉ざされた心に微かなひびが入った。
「……生きろ、と」
彼は目を伏せ、呟くようにその言葉を繰り返した。その意味を、彼は長い間見失っていた。
生きることとは何か。
それはきっと、愛され、愛し返し、ともに時を重ねることなのだろう。
幻や人間のラナスオルが当たり前のように示してくれた――しかし、彼にはあまりにも遠い真実。
(彼女たちが託した愛の意味を、生きることの意味を……僕は見つけられなかった……)
だが今、目の前には手を差し伸べてくれる存在がいる。
かつて自分を「無」へと追いやった女神が、今は一人の女性として、その命を慈しもうとしていた。
深い沈黙の中、シードはゆっくりと顔を上げた。銀の瞳がラナスオルをまっすぐに捉える。
「ラナスオル……永遠の命を持つ者にとって、生きるという言葉は皮肉そのものです。時間が無限にある中で、何を意味として見出すのか、それを探し続けることそのものが呪いに他ならない」
千年を超える苦しみを吐き出すように語りながら、彼はそっとラナスオルの手に力を添える。
自らの意志で彼女の手を握り返したこと――それは彼にとって小さな一歩かもしれない。
だがその一歩こそが、永遠の孤独と虚無に裂け目を生じさせた。
「……ですが、あなたがそう言うのなら……そして、幻の彼女や人間だった彼女も、それを望んでいるというのなら――」
彼は少し間を置き、微かな希望を孕んだ声で言葉を紡いだ。
「……この永遠の中で、答えを探す時間を持つのも悪くないかもしれない」
そう告げた後、シードは一瞬だけ視線を遠くへ向ける。
荒廃した大地と静まり返った空。その全てが今、自分たちの選択によって変わるのだと心の中で悟る。
そして再び、ラナスオルに目を向けた。
「……ラナスオル。あなたが隣にいると言うのなら、それが本当に愛と呼べるものなのか――それを見極めるためにも、僕はこの道を選ぶ」
冷徹な光を宿す銀色の瞳の奥に、長く閉ざされていた光が映る。
「ともに探ろう。その答えが、この『ラナス』にどのような形をもたらすのかを」
静寂の中、二柱の神の手が重なり合う。
そこにあるのは、かつて憎しみで交わった視線ではない。これからともに答えを探し続ける希望の始まりだった。
永遠の命を持つ存在として、そして孤独を知る者として、二人の間に新たな絆が生まれようとしていた。