冷酷死霊術師とわがまま女神のリスタート 〜殺し合いの因縁を超えた先の、あまりにも短い幸福〜   作:えびふぉねら

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72話 終わりなき永遠

 それから、また果てしない時が流れていた。

 数十年か、あるいは数百年か。

 

 精霊たちが大地に豊穣をもたらし、人々は神に祈りを捧げながら日々を紡いでいた。

 生まれ変わった世界は平穏に包まれ、命の脈動を刻み続けている。

 

 そんな中で、二柱の神――シードとラナスオルもまた、ぎこちなくも互いを支え合い、歩みを重ねていた。

 

 その暮らしは淡々としているようでいて、決して単調ではなかった。

 ラナスオルは時折、神としての役割をシードに委ね、お忍びで人々の世界に紛れ込む。

 

 市場で買い物を楽しんだり、小さな村の祭りで出店や踊りに興じたり、海辺で風に吹かれながら本を読んだり――それはかつての彼女が果たせなかった、神ではない「自分」を探し、一人の女性として生きる時間を取り戻すひとときだった。

 

 その間、シードはといえば――書斎で魔術の研究に没頭し、新たな魔法の創造の儀式を行い、人々にその知識を授けていた。

 そして、ラナスオルの姿を追いかけるように、居城の窓辺に佇む日々もあった。

 彼は言葉にしないまま、彼女の心の旅路を静かに見守っていたのだ。

 

 しかし、どれだけ人間の暮らしを覗いても、二人が求める「答え」はまだ見つかっていない。

 

 

   * * *

 

 

 その日も、居城の窓辺には黄金色の午後の陽光が差し込んでいた。

 

 薄く開いた窓からは、精霊が運ぶ風がほのかな香りを乗せて流れ込む。

 ラナスの空は青く澄み渡り、遠くから街の祭りの太鼓の音が微かに響いてきた。

 

 時間の流れすら忘れそうなほど穏やかで満ち足りた空間。

 居城の奥まった一室で、シードとラナスオルは言葉少なにソファに並んで座っていた。

 

「私たちはつくづく不器用だと思わないか?」

 

 なんの前触れもなくラナスオルが問いかける。

 シードは彼女の横顔に視線を向け、その意図を探るようにじっと見つめた。

 ラナスオルの白髪が光を受けて透き通るように輝いている。

 

「人間はあの短い人生の中で生きる意味を見つけ、自らの力と意志で歩み、愛し、子孫を残し、生涯を終えていく……。いや、終わりがあるからこそ、命の輝きが一層美しいのだろうな……」

 

 紫の眼差しには、人々の一瞬の輝きに憧れるような、微かな寂しさが滲んでいた。

 

 自分たちには決して手にできない、生の終わりが与える意味。その深さを彼女はようやく感じ始めていた。

 

「シード。君はまだ、この時間を呪いだと感じているかね?」

 

 彼女はシードの瞳の奥を見つめるように言った。長い年月をともに過ごしてきたからこそ生まれた問い。

 彼を見上げる切なげな眼差しは、少しだけ潤んでいるように見えた。

 

 シードはその言葉を受け、しばらく黙したままだった。

 心の奥深くには、何百年経とうとも癒えない空白が残っている。

 沈黙の中で、自分を愛した彼女たち――千年の記憶を一つ一つ辿るように思い返していた。

 

「……『呪い』だと感じていないと言えば嘘になります」

 

 ようやく紡がれた声は低く、諦めのような儚さを含んでいた。彼は一瞬視線を落とし、僅かに肩をすくめる。

 

「……しかし、それが『呪い』であるからこそ、この永遠の中で見つけられるものがあるのではないか――そうも思い始めています」

 

 彼は再び顔を上げ、ラナスオルの紫の眼差しを捉えた。

 

「人間の命の輝きが美しいのは、終わりがあるから――確かにその通りです。ですが……終わらない時間の中にしか見えない光もあるのだと、今はそう思います」

 

 ラナスオルは彼の言葉にじっと耳を傾けていた。そして柔らかな微笑みを浮かべながら言う。

 

「ふふ……君にそんなことを言われる日が来るとはね」

 

 彼女は窓から差し込む光を浴びながら、シードをまっすぐ見つめた。

 

「きっと、君の中にも『彼女たち』の温もりが残っているのだな」

 

 そう言いながら、ラナスオルはそっとシードの手に自分の手を重ねる。

 

 彼は少しの間、彼女の言葉には答えずその手を見つめていた。

 何かを肯定するでも否定するでもなく、ただ受け止めるように。

 

 少し間を置き、静かに続けた。

 

「……だから、今はこう答えましょう。呪いであることに変わりはない。ですが、この『呪い』をどう生かすかは、僕たち次第です」

 

 それは、かつて終わりを求めて彷徨った者が、千年を超える沈黙の末にようやく掴んだ希望のようだった。

 ラナスオルは頷き、彼の手をそっと握り締めて囁いた。

 

「なら……もう少しだけ、この『呪い』とやらに付き合ってくれるかね?」

 

 彼女の声音は、まるで子供のおねだりのように純粋だった。

 シードはふっと小さく目を細める。何も答えずとも、その微笑がすべてを物語っていた。

 

「……仕方ありませんね」

 

 彼は淡々とした声でそう返しながら窓の外を見つめた。

 

 ラナスの空は変わらず美しい。遠くでは鳥たちの歌声が風に乗り、彼らの間に流れる時間を和らげていく。

 

 この終わらぬ時間の中で、二人はともに生きることを選び続けていた。

 それは呪いでもあり、奇跡でもあった。

 

 終わりなき永遠の旅――その先に、彼らがどんな「答え」に辿り着くのかは、まだ誰にも分からない。

 

「たとえ君が呪いだと感じていても……君の生は誰かにとって意味があるものだ。そして、誰かにとって意味があるのならば、それは呪いではなく希望だ」

 

 紫の瞳がまっすぐにシードを捉え、凛と響く声に彼女の揺るがぬ想いを乗せていた。

 そこには、長い孤独の果てにたどり着いた真実をそっと差し出すような温かさが宿っている。

 

「私は、君に支えられなければここまで来られなかった。使命に押しつぶされて、孤独に苛まれていた。君という希望があったからこそ、ここまで歩んでこられた……そしてこれからも、ずっと」

 

 肩を寄せるラナスオルの声は、ほのかに震えていた。

 その震えは、かつて神として気高くあろうとした彼女が、自分の弱さを認め、誰かにすがることを許した証でもあった。

 

 その小さな告白に、シードはしばし沈黙したまま耳を傾けていた。

 

 銀の瞳に一瞬だけ揺らぎが生まれ、胸に張りついていた氷が溶けていくような感覚があった。

 だが、それを表に出さず、すぐに感情を抑え込むように目を伏せ、彼は淡々とした声で答えた。

 

「……希望、ですか」

 

 シードは視線を外し、居城の大きな窓から外の景色を眺めた。

 目の前には、二人の力で築かれたラナスの大地が広がっている。

 

 かつて荒れ果てていた世界は今では緑に満ち、命の営みで溢れていた。

 シードの銀色の眼差しには、遠い記憶を追う光と、果てしなく続く永遠の重さが重なり合っている。

 

「……僕が『希望』だと言うのなら、それはあなたがそう思いたいからでしょう。ですが――」

 

 彼はゆっくりと視線を戻し、冷たい声に僅かな穏やかさを織り交ぜて続けた。

 

「――あなたがその希望を見つけたことで、こうして平和が保たれているのなら、それもまた一つの意味があると言えるのかもしれません」

 

 彼の言葉は淡々としていたが、そこには自身の存在が他者の支えとなっていたことを受け入れ始めた兆候があったのかもしれない。

 

「まったく……せっかく褒めているというのに、君は自分を過小評価しすぎだ」

 

 ラナスオルが小さく肩をすくめ、呆れたように笑った。

 だが同時に安堵も芽生えていた。彼の中で何かが確かに変わりつつある、その兆しを見つけたからだ。

 

 シードはしばらく彼女を無言で見つめた。

 やがて小さく息を吐き、冷徹な声で告げる。

 

「……ラナスオル。あなたが僕を希望と呼ぶのであれば、あなた自身がこの世界の希望であることを忘れてはならない」

 

 冷たさの奥に確かな真実を宿すように言葉を続けた。

 

「あなたの存在がこの世界を支え、この永遠の中に新たな命を生み出している。それを忘れるようでは、『希望』の象徴としては不十分でしょう」

 

 その厳しい言葉の裏には、彼女をもう二度と使命の重さに潰されぬように願う強い祈りがあった。

 過去に見た彼女の苦悩を、彼は決して忘れていない。

 

 ラナスオルは一瞬目を見開き、そして――涙ぐみながら笑った。

 

「……ありがとう、シード」

 

 彼女の目元に浮かぶ雫は、未来を選ぼうとする希望の涙だった。

 ラナスオルはそっとシードの袖を掴む。その手は僅かに震えていたが、確かな信頼と決意が宿っていた。

 

 シードは彼女の手元に視線を落とした。

 

 その指先の温もりが、確かに自分の手のひらに伝わってくる。

 長い間、誰にも触れられることなく、誰のためにも生きられなかった自分の命が、今こうして誰かのために意味を持ち始めていた。

 彼は戸惑いながらも、心のどこかでそれを受け入れつつあった。

 

 再び窓の外を眺める。陽光に照らされるラナスの大地、息づく命、舞い踊る精霊たちの光――それらがすべて、彼らを祝福しているように見えた。

 

「……それを思い出すために僕が必要だと言うのなら――悪い役割ではないかもしれません」

 

 彼の声は相変わらず冷ややかで、感情の揺れは最小限に抑えられていた。

 だが、最後の一言に、ラナスオルは確かな温もりを感じていた。

 

 彼女は微笑み、そっとシードの腕に身体を寄せた。

 窓の外、陽だまりの中に芽吹く新たな命の気配が、二柱の神を優しく包み込んでいく。

 

(君はそうしていつも冷たい仮面の下で、少しだけ優しいんだ。ずるいじゃないか。だから……だから……私は……)

 

 そして、ラナスオルの中で抑えきれない感情が溢れようとしていた。 

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