冷酷死霊術師とわがまま女神のリスタート 〜殺し合いの因縁を超えた先の、あまりにも短い幸福〜   作:えびふぉねら

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※一章 日本編のラナスオルの記憶のお話です。
4話ほどで終わります。


76話 幕間 日本の記憶1【クレーンゲーム】

 秋の空を見上げると、小さな光の精霊たちが並んで踊っているような不思議な雲が広がっている。

 

 ここ、日本ではああいうのを魚の名から取って「うろこ雲」だとか「いわし雲」なんて呼ぶらしい。理由はよくわからないが、気流の流れでそうなるのだとか。

 まあ、風の精霊の気まぐれのようなものなのだろうが、こんな言い回しも「風流」とやらがあって悪くないものだ。……彼の受け売り、だがね。

 

 木々の葉は少しずつ色づき始めている。

 椋実公園の大きな木の下のベンチに腰掛け、私は風に揺れる枝をぼんやりと眺めていた。

 

 ……予定時刻まで、まだ十五分ある。

 

 そんなことはもちろん分かっていた。

 けれど、どうしても落ち着かず、私はこうして早く来てしまった。あの男には絶対に言わないが、こういう「待ち合わせ」にはいつも緊張がつきまとう。

 

 あまり待たせれば皮肉が飛んでくるし……早めに着いて「今来たフリをする」のがいつもの私だ。我ながら呆れたものだ。

 

 私はスマホで漫画やラノベを見ながら時間を潰す。この世界の娯楽は「神」である私ですら等しく夢中にさせる魅力がある。そう、これから向かう先も――

 

 その時、かさりと音を立てて足元に一枚の葉が落ちる。

 

「待たせましたか、ラナスオル」

 

 時間ぴったりに現れたその声に、私は思わず顔を上げた。

 黒髪に見える彼の姿は自然にこの世界に馴染んでいる。けれど私にはちゃんと分かっている。あれは幻術だ。

 

 本当の彼は、銀色の髪と瞳を持つ、どこか儚い存在なのだから。

 

 彼――シードはいつものように黒を基調とした服を身につけていた。今日は少しだけ砕けた雰囲気だ。黒のタートルネックに薄手のジャケット、スリムな黒のパンツ。

 とは言え、日本人離れした隠しきれない威圧感と整った顔立ちは、本人に目立ちたくない意思があれど人目を引いてしまうのも仕方ない。

 

 私は少しだけ笑みを溢して言った。

 

「君はいつも時間通りに来るな。神経質なほどに正確だ」

 

「遅れる理由がないだけです。約束した以上、守るのは当然かと」

 

 私の今日の服装は、少し迷った末に選んだものだ。

 

 白のブラウスに、淡いラベンダーのカーディガンを羽織っている。ネイビーのミモレ丈のスカートと黒いタイツを合わせ、靴はシンプルなローヒールのパンプス。

 首元には、バイトを頑張った自分へのご褒美に買った金のネックレスをかけて……あぁ、忘れてはならないのが、戦利品を入れるための少し大きめのトートバッグだ。今日こそは絶対に「アレ」を持ち帰るのだからな。

 

 実は先日、シードと買い物に行った時にこっそり選んだものもあるのだが、気づいているだろうか。いや、気づいていても、きっと彼は何も言わないのだろう。

 

 彼は相変わらず理路整然としていて、それが妙に安心を呼んだ。

 ……だからこそ、今日は彼を連れ出したかった。

 日々、弁護士として膨大な人間関係に追われている彼を、少しでも気晴らしさせたいと思ったのだ。無論、それだけではない。

 

「ふふ……今日は君のために計画した日だぞ。私に感謝するように」

 

「……それは感謝すべきことですね。あなたが『楽しそうに』してくれるなら」

 

 からかわれた気がして少しムッとしたが、否定はできなかった。

 実際、私が一番はしゃいでいるかもしれない。

 そのくらい、この「ゲーセンでーと?」の時間は、私にとっても未知数なのだ。

 

「さてと、行こうか。君には存分に付き合ってもらうからな」

 

 風が冷たくなってきた秋の午後、二人の足取りが並ぶ。

 向かう先は、椋実区で一番のゲームセンター「ガセワールド椋実」だ。

 

 

   * * *

   

 

 さすが休日。そこは学生、家族連れ、カップル――多くの人々で賑わっていた。

 ゲーセン、あるいはアミューズメント施設と呼ばれるこの場所。見慣れぬ色と音で溢れかえっていて、初めて訪れた時は驚いたものだ。

 少し暗めの店内に、耳に響くのはけたたましい電子音と、店員の煽りマイクの声。けれど、今はどこか居心地がいい。

   

 入り口から入ってすぐの所で、私は足を止めた。

 大きな筐体の透明なガラスケースの向こうに整然と並ぶぬいぐるみたち。手を伸ばせば今にも届きそうな――そう、クレーンゲームだ。

 このゲームは「クレーン」とやらを操作して「ぬいぐるみ」を掴むだけのシンプルなもの。

 ……であれば、そんなに苦労はしなかっただろう。私は以前、彼とショッピングモールへ出かけた時にこのゲームに挑戦し、見事にしてやられたのだ。

 

「見たまえシード、『アートクロニクルズ』の『マルタモン』のぬいぐるみだ!」

 

 私が指差す先には、本日のターゲット、大きくてまんまるな白いモフモフの犬(正確にはプレイル・ハウンドと言う種族らしい)のぬいぐるみがガラスケース越しに鎮座している。

 他にもネコや鳥のようなモンスターがいるが、私の推しは「マルタモン」一択。

 

「アート……? 丸太……?」

 

 シードは少しだけ首を傾げる。

 

「君というやつは。アークロも知らないのか。国民的超人気RPGだぞ……まぁいい。今日はアレを獲る。必ず獲る!」

 

「性懲りも無くまた挑戦するのですか……」

 

 呆れるシードをよそに、私は千円札数枚を生贄機に捧げ、百円硬貨を大量に握り締める。

 そして、いざ! 投入口に硬貨が吸い込まれると、丸い操作レバーを手に取った。

 時間内にクレーンを動かす。狙いは完璧、三本爪のアームが降りて、マルタモンのまんまる胴体をガッチリと掴む。

 

「いけ……っ!」

 

 私は祈るように拳を握り締める。

 

 しかし――プライズアウトの穴へ到達する前にアームが緩み、無情にもぬいぐるみは落下していった。

 ころん、と転がったマルタモンと目が合い、ちょっと虚しくなる。

 

「くっ……!」

 

「掴む力は極めて弱く設定されていますね。人間の射幸心を煽るための構造です」

 

 私の後ろでシードが冷静に分析を始める。

 

「そんなことはわかっている……」

 

 私がめげずにプレイを続けていると、なおも彼の分析は続く。

 

「ラナスオル。このゲームは確率機構で制御されています。内部プログラムによって、一定回数を超えないと強く掴まない設計になっているのでしょう。理不尽な話ですが、これも……」

 

「あぁー、うるさいっ! 気が散るだろう! そんなに言うなら君が挑戦してみたらどうかね! どうせ天井なのだからなっ!」

 

 やってしまった。私としたことが、ゲーム如きでついカッとなってしまった。いや、彼の小言という名の正論がうるさいのが悪い。

 ……とは言え、このゲームは「やればやるほどアームが強くなっていく」のではない。彼の言う通り、確実に掴むには「一定回数への到達」が必要なのだ。天井というのはつまりそういうこと。

 

 私はすぐに謝ろうとしたが、彼はため息をつきながら硬貨を取り出す。

 冗談のつもりだったが、本当に挑戦する気か……?

 

 そしてクレーンゲームの真正面に立ち――

 

「このサイズのぬいぐるみであれば、原価はおおよそ800円から1,000円程度。ペイアウト率が30パーセント前後に設定されていると仮定するなら、平均的なプレイ回数は30回から40回……金額にして3,000円から4,000円程度でしょう。ですが、それはあくまで通常の手段で挑んだ場合の話です」

 

 ……? なにやら大層な呪文を詠唱し出したぞ。まさかここで魔法でも使うつもりなのか?

 

 すると彼は硬貨を投入し、無表情のままクレーンを操作する。的確に狙い定め、三本の爪がふわりとぬいぐるみを掴む瞬間――

 

「……」

 

 シードは小声で何か呟いた。指先から魔力が滲み出し、視線の先へ流れていく。

 

「おい、君……まさか……」

 

 間違いない。魔術だ。私が制する間もなく、ぬいぐるみはアームにぴったり吸い付くように持ち上がり、そして――景品取り出し口の穴の上にぽとんと落下していった。

 

 その瞬間。

 

「景品獲得おめでとうございまーーーーすっ!!」

 

 女性店員の煽りマイクの声が店内に響き渡った。

 私がきょとんとしていると、シードは取り出し口からマルタモンを丁寧に掴み取って……。

 

「どうぞ。前からこれが欲しかったのでしょう?」

 

 彼は何事もなかったかのように言い、私の方にぬいぐるみを差し出してきた。

 あの、白くて丸くて、抱き心地の良さそうな――まさに私が欲しかったそれ。

 

「……なぜ、君が獲っているのだ……」

 

 やってみろと言ったのは確かに私だが、腑に落ちない。

 

 受け取りながら少し不機嫌に言ってみせた私を、彼は冷静に見つめ返す。

 指先に魔力の残滓を漂わせながら、銀色の目を細めて私を気遣うような口調を添える。

 

「こうした非効率な遊びでも、あなたにとって意味のあるものなら僕の時間を消費する価値がある……そういう計算も、時にはします」

 

 ――ずるい。

 

 そう思ってしまうくらい、彼の言葉は優しかった。

 普段は「誰かのために力を使うなんて馬鹿馬鹿しい」みたいなことを言っているくせに、どうしてこういう時だけ……。

 

 私はそっぽを向きながら、ぬいぐるみをぎゅっと抱きしめる。

 しばらくの間私は何も言えなくて……なぜか胸が熱くなるのを、マルタモンのつぶらな黒い瞳を見つめながら必死に押さえ込んでいた。

 

「ありが……いや、礼など言わないぞ。これはもともと私のものだったのだ」

 

 やがてそう言い捨てて、彼に背を向けて早足で奥へ歩き去った。

 心臓の鼓動がやたら早く感じて少し息苦しい。ゲーセンという閉鎖空間は、あまり健康に良くないのかもしれない。

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