冷酷死霊術師とわがまま女神のリスタート 〜殺し合いの因縁を超えた先の、あまりにも短い幸福〜   作:えびふぉねら

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※一章 日本編のラナスオルの記憶のお話です。
4話ほどで終わります。


78話 幕間 日本の記憶3【占い&パンチングマシン】

「ふぅ……」

 

 私はゲーセンの隅の椅子で、買ったばかりのジュースを手に腰を下ろしていた。ここは奥まっていて人気がない。落ち着くには充分だ。

 戦利品のマルタモンぬいぐるみをトートバッグから出して愛で、スマホで写真を撮るなどしつつ――

 

 ふと、視界の端に立つ男を見る。シードは、私が飲み終えるのを律儀に待ちながらも、何やら興味深そうに物陰に視線を送っている。

 

「どうしたのだ? そこに何かあるのかね?」

 

「ラナスオル。これを見てください」

 

 彼の指す先に、他のゲームとは離れてひっそりと設置された、一台の古びた筐体があった。所々塗装が禿げていて、時代に取り残されたかのような存在感がある。

  

「『寿命検索XYZ』……? 何かねこれは? ゲームなのか?」

 

 年季の入った筐体のポップは「あなたの寿命、ズバリ占います!」という不吉きわまりない文字を掲げている。どうやら占いゲームのようだ。

 

「あなたも知らないとは。相当に古いか、あるいは非常にニッチなコンテンツなのでしょう。魔術を介さず人の運命を可視化する試み……興味深いですね」

 

 この男にしては珍しい反応だ。死を弄ぶ死霊術師が、寿命を占うゲームに興味を抱く……むしろ私の方が気になってくるではないか。

 

「だが、私は永遠の命を持つ神だ。寿命など占うまでもないな。君が試してみればいい」

 

 私は皮肉げに笑って、その場を一歩引く。

 

「ふむ……ではやってみましょう」

 

 1プレイ200 円。シードが取り出した硬貨が二枚、からんからんと音を立てて投入口に吸い込まれていった。

 画面の表示は、古い筐体だけあってシンプルだ。指示に従って、必要な情報をタッチパネルで入力するだけ。

 

 まず性別、次に年齢、そして――血液型。

 

 彼は淡々と画面を操作し、性別を男性、年齢を「24」と入力する。

 そして少し指を止めてから、血液型の選択に辿り着いた。

 

「血液型……?」

 

 私の頭上に疑問符が浮かぶ。

 

 ラナスの世界には、血液を分類する概念など存在しない。

 人間ならいざ知らず、神たる私にそもそも「血液型」などあるのかさえ、はっきりとは分からないのだ。

 

「……僕は、自分の『血液型』とやらを正確に知っているわけではありませんが」

 

「ふむ?」

 

「職場でよく『AB型っぽい』と言われます。どうやら日本人の間では、血液型と性格に相関があると信じられているようですね」

 

 そう言って、彼は「AB型」を選択した。特に感情を示さず、無表情のまま。

 だが――私はふと思う。そんなに頻繁に言われるということは、きっと彼はそれを少し気にしていたのではないか。

 もしくは、その根拠の有無を検証してみたくなったか……いや、どちらもか。

 

 血液型に興味が湧いた私は「AB型 性格」とスマホで検索してみることにした。

 ところが、「AB型」と入力した時点で、検索候補に「天才」「変人」「めんどくさい」などの文字が飛び込んでくる。

 

「ぷっ……」

 

 これでは、調べる前から答えが出ているようなものではないか。しかもなぜか、ちょっとずつ失礼になっていく。

 ……あぁ、笑ってはいけない。ネットというやつは本当に、無駄に親切だ。

 

 ――理知的で冷静。感情に流されにくく、状況を俯瞰して判断するタイプ。分析力や論理性に優れている。二面性があり、マイペースかつ合理主義。人付き合いはできるけれど、深く関わりすぎないバランス感覚を持ち、少しクールな印象を与えることも。

 

 ぷくく……何だこれは。まんま彼の特徴に当てはまっているぞ。

 私は震える手でスマホを持ちながら、吹き出しそうになるのを堪えるのに必死だった。

 

 シードはこのAB型の特徴については聞かされているのだろうか? いや、彼のことだ、言われてすぐに調べたに違いない。

 それで、この結果を見てどんな顔をしていたか? 答えは……無表情だ。その一連の流れを想像すると笑いが止まらない。

  

「……ラナスオル?」

 

 彼は訝しげに横目で私を見やる。

 

「AB型……ふふ、きっと君は間違いないね……ぷ〜くく……」

 

「……」

 

 ニヤける私を見ても彼はそれ以上追求せず、最後の操作――丸で囲まれた表示部分へ人差し指を乗せる。

 機械は古めかしい電子音を鳴らし、画面には「計測中」の文字が浮かび出した。

 

 さて、緊張の一瞬だ。私は思わず身を乗り出すようにして覗き込む。

 

 そして――

 

 計測完了。

 

 残り寿命:0年

 現在の年齢:24歳

 寿命:24歳で死を迎える運命

 

 真っ暗な画面に、ポツンとその文字だけが浮かび上がり、少し不気味な感じがした。

 彼は無言でその表示を見つめていたが、横から見ていた私は思わず吹き出した。

 

「残りの寿命ゼロ? ……君、もう死んでるじゃないか」

 

「……事実ですからね」

 

 そう静かに答える彼の横顔に、私は僅かな違和感を覚える。

 先程までと同じ冷静な表情だが、その目はほんの少しだけ遠くを見ているような気がした。

 

 ――シードがこの「日本」の世界に来たのは、私が彼を殺したからだ。

 私の放った「無」に呑まれて、ラナスの世界から肉体も魂も消失した彼は……今はここでまるで当たり前のように生きている。

 

 その寿命の数字に、彼は何を思ったのか。私は訊けなかった。

 

「気にするな。古い機械だし、壊れているのだろう。あてになどならないさ」

 

 私なりの励ましのつもりでそう言って、横から手を伸ばして自分の指をタッチパネルに乗せてみた。

 

 その瞬間、画面がバグったように乱れて、不気味なビープ音が鳴り響く。

 

 error【寿命:計測不能】

 

 ……当然だ。神という永遠の存在に、終わりなどあるはずがない。

 だというのに、なぜだろう。それが少し……虚しかった。

 

 

   * * *

   

 

 賑やかなゲームセンターの一角に、存在感たっぷりの赤と黄色に彩られた一台の筐体がある。目を引くのは、中央に設置されたサンドバッグ――そう、パンチングマシンだ。

 グローブを装備してサンドバッグを殴ると、その力を数値化して表示する。言うなれば、己の強さを誇示するための至高のゲーム、まさに私にプレイしろと言っているようなもの。

 

 ――これなら、確実に彼に勝てる。

 

「ふふ……この手の遊びは、君には向いていないのではないかね?」

 

 私が挑発的に言うと、彼は涼しい顔で返す。

 

「……勝ちたいという感情が表に出すぎていますよ。パンチングマシンは、破壊ではなく制御を問うゲームです」

 

 ほう、よくわかっているじゃないか。だが、彼がどれだけ理屈で煽ろうと、こればかりは私の勝利は譲れない。いや、勝ちは100%決まっている。破壊を司る女神たる私が、非力な人間に劣るはずなどないのだからな。

 

「さあ、先に君が打ってみるといい。言っておくが、魔術で肉体強化を施すのはなしだぞ」

 

「ええ、わかっています」

 

 促されるまま、シードは一歩前に出て硬貨を投入。専用グローブを右手に装備して無駄のない動きで構えを取った。

 全身の筋肉を最適化するように、肩から腕へと力を伝える軌道で一撃を放つ。

 

 ばしゅっと音を立ててサンドバッグが小気味良く倒れ、画面のスコア表示が高速で回転を始めた。

 

 ――【732】

 

「……ほう、人間にしては上々の記録じゃないか。だが……神の拳がいかに数値で測れるものか、見せてやろう」

 

 続くように私は硬貨を投入し、右手を構える。専用グローブなど必要ない。

 画面に「READY」の文字が点滅。

 

 拳を引き、呼吸を整え――

 

(……少しだけだ。少しだけ見せてやる)

 

 ほんの一瞬集中し、力を収束させる。

 

 そして、私の右拳が一直線に放たれ――

 

 ズドォン!!

 

 凄まじい轟音とともにサンドバッグが叩きつけられ、筐体がぎしりと軋んだ。

 天井からパラパラと埃のような物まで落ちてくる。だが、手ごたえは完璧だ。

 

 スコア表示のメーターは……。

 

 【ERROR:測定不能】※以後の使用はお控えください。

 

「ふふっ、見たかねシード。これが破壊を司る女神の力だ! やっと……やっと勝てたっ!」

 

 何か変なメッセージが表示されている気がするが、私は思わず胸を張り、大人気なく勝ち誇った。

 

「どうだ、君にも勝てることがあるのだ! ははは!」

 

 だが、予想に反して彼の反応は――賞賛ではなく、どう見ても呆れ。

 私を冷ややかな目で一瞥して、深くため息を漏らす。

 

「あなたの力であれば当然ですが……これはやりすぎです。完全にオーバーフローしています、よく見てください」

 

 彼は私の背後を指差す。振り返ると、押し倒されたサンドバッグは無惨にひしゃげていた。

 さらには、私の拳の衝撃で中の配線がいくつか切れたらしく、機械の側面から煙が上がっている。

 

「ま、まずいな……!」

 

「やれやれ……あなたには『加減』という概念を習得させる特別講座を用意すべきかもしれません」

 

「わ、私は本気を出してなどいないぞ!?」

 

「本気でないなら、なおさら問題です。これが軽く叩いただけで起きた結果であれば、機械側に同情せざるを得ませんね」

 

「ち、違う! 私としてはほんの軽いウォーミングアップのつもりでだな……!」

 

「それが一般社会における『軽い』の定義といかに乖離しているか、あなたにはもう少し――」

 

 ……しまった。この流れは――「お説教」だ。

 彼の説教は長くて淡々とした呪文の詠唱のようで、一言一句が逃げ場のない正論のように突き刺さってくるのだ。言っていることがいちいち正しいのだから余計に腹立たしい。

 

 どうにかして止めなければ。何としても。

 

「し、シード! 店員が来てしまう。君の魔術でどうにかしてくれたまえ!」

 

 私が周囲を見回しながら声を潜めて訴えると、彼は再び小さくため息をついて、もはや諦めを含んだような口調で答える。

 

「……あなたの衝動の後始末を僕に委ねるのは、これで何度目でしょうか」

 

「くっ……そんなことを言い争ってる場合ではない、今は時間との勝負だ!」

 

「それを言うなら、あなたが最初から力加減を学習していれば、このような勝負は不要だったはずですが」

 

 まったく、皮肉の効いた言葉をよくこんなにスムーズに並べ立てられるものだ。法廷で彼を敵に回して散っていった者たちの気持ちがよくわかる。

 

 結局私は何も言い返せず、唇を噛んで後ずさるしかなかった。

 ……言いたいことがないわけではない。言葉は喉元まで来ているのに、いつもあの理詰めの前では私が口篭って終わるのだ。

 

 私が尻込んでいると、シードは渋々筐体の前に立ち、手をかざして短く呪文を唱えた。

 

(きた)りて回帰せよ。砂上の楼閣――」

 

 その呪文が紡がれた瞬間、彼の両手から塵のように細かな光がふわりと立ち上り、筐体全体を包み込んでいった。

 輝く虹色の結晶が宙を舞う。――するとどうだろう。ひしゃげたサンドバッグも歪んだ筐体も、ゆっくりと元の形を取り戻していくのだ。

 

 突如広がった幻想的な光景に、私は思わず息を呑んだ。これはまさしく奇跡の所業だ。

 シードが修復の魔法を使うのは、これまでにも何度か見たことがある。

 けれど、それらはいつも何かしらの代償を伴っていて、気軽に頼めるようなものではなかった。

 

 ――時間にしてほんの数十秒のこと。

 破損していたはずのパンチングマシンは、まるで時を巻き戻したかのように、すっかり元通りになっていた。

 

「やるではないか……これはなんという魔法なのだ……?」

 

 魔術(エーテル・ルミナ)――人間が扱う魔法の総称。それは、私たち神から見れば取るに足らないおまじないのようなものだ。

 だが時として、そのささやかな術が神の御業にすら匹敵する奇跡を引き起こすことがある。

 

 私の中に湧いた敬意と驚嘆が入り混じる問いかけに、シードはいつものように淡々と応じた。

  

「復元の魔法です。壊れた物体を構造的に解析し、直前の状態へと巻き戻す。術者が元の形状と素材構成を把握している必要があり、破損から一定時間内でなければ適用できない――かなり限定的なものです」

 

「なるほど……私の創造の左手フェルジアの劣化バージョンというわけだな」

 

 つい強がってそんなふうに口にしてしまったが、シードは私の皮肉に別段機嫌を損ねるでもなく、小さく肩をすくめた。

 

「……比べる対象が神術(アルター・ルミナ)である時点で、すでにフェアな比較ではありません。むしろ、そんなものと並列に語られること自体、僕の魔術にとっては名誉でしょうね」

 

「む……そ、そうか……」

 

 なぜだ。別に何も間違ったことは言っていないのに、こうも論理で返されると妙に敗北感がある。私も少しは、魔術というものに関心を持つべきなのかもしれないな。

 

「さて、これで問題は解決です。ただし、次はありませんよ。他人の所有物を破壊するのは、あなたが神であれ立派な犯罪行為です。これが仮に表沙汰になれば、刑法261条――器物損壊罪が適用され、三年以下の懲役、または三十万円以下の罰金が……」

 

「わかった! わかった! 次からは気をつける! だが、万が一の時は『闇の法廷バトラー』の君が全力で弁護してくれたまえ……!」

 

「はぁ……破壊の女神からこの世界の安全を守るという意味では、僕の方が平和の守護者かもしれませんね」

 

 彼は魔力の残滓を払うように右手を軽く振り、そのまま皮肉を重ねてくる。

 なんとか二度目のお説教モードの発動は免れたが……言い返したい気持ちは山ほどあるというのに、うまい言葉がどうしても出てこない。

 

 ぐぬぬ……やはり、どうやっても彼には敵わない。

 神すら言い負かす口先が、この世界でどんどんパワーアップしている気がする。

 

 この勝負――認めたくはないが「私の負け」だ。

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